ビリヤード、特にキャロム競技は
歳を重ねてもトップレベルの力を
維持しやすいスポーツと言われている。
それでもやはり、
現役にこだわり続ける者は
40代、50代、60代と推移していく内に
減っていくのは間違いない。
現在56歳の新井達雄はどうか。
2014年、新井は10年ぶりに
『全日本選手権』で4度目の優勝を飾り、
5度目の国内年間ランキングMVPに輝いた。
「復活」と表現して良い活躍だった。
なぜ今も勝てるのか。
なぜ今も勝ちにこだわるのか。
その答えを求めて、
2015年シーズン開幕戦、
『東京オープン』をも制した
新井の元へ向かった。
取材・文/BD
写真協力/On the hill ! Carom Seminar
…………
Tatsuo Arai
1958年5月22日生
東京都出身在住
1978年プロ転向(JPBF)
1990年『SPAワールドグランプリ』優勝
2002年『第1回アジア3C選手権』優勝
『全日本3C選手権』4勝
『3C東京オープン』3勝
『全関東3C選手権』2勝
『ニッカオープン』3連覇
『アダム杯全日本プロ選手権』1勝
JPBF年間ランキングMVP5回
他、優勝・入賞多数、
使用キューは、Adam Japan、
MEZZ、佐々木キュー
※2014年5月『全日本選手権』
優勝直後の談話はこちら
↑ファイナルの動画。撮影:On the hill !
視聴環境によっては観られない場合もあります。
ご了承下さい。
――東京オープンの優勝から数日経ちましたが、今のお気持ちは?
「いや、もう、勝てて良かったですね。今回は韓国とベトナムの選手がいて、最近は日本にそういう強い外国選手が来るとトロフィーを持っていかれることが多かったじゃないですか。今回は日本人がタイトルを守れたことが良かったし、たまたまそれが僕だったのでさらに良かったという感覚です」
――今大会での4試合を振り返ると?
「絶好調だったかと言われるとそこまでではなかったです。例年、僕は年始の試合はさほど良くない傾向がありますしね。でも、前回、東京オープンで勝ったのも2月で(2010年)、ファイナルの相手も同じ韓国の強い選手(金京律)でしたね」
――今回のファイナル(vs趙在浩)は見応えのあるゲームでした。
「フロックがたくさん出てましたし、僕にツキがありましたよ(笑)。出だしは趙在浩(チョ・ゼホ)にリードされたけど、早く追い付くことができて、中盤以降は僕がリードする展開で……。流れが来ていたのはわかってたんで、その流れを自分で崩さないことだけを考えてました」
――17キューで27点。そこから4キュー連続「0点」が続きました。趙に追い付かれる不安は?
「もちろんありました。彼はあの時23点でしたか。攻撃力が高いのでいつ取り切られてもおかしくはなかった。もし、僕があと1、2回外してたら……そこはもう紙一重です。紙一重だけど、僕は彼が負けた試合も観てきてます。いくら攻撃力が高いプレイヤーでも、いつでも2アベ、3アベが出せるかと言われるとそれは難しい。彼クラスでも1アベの時もあります。それが頭にあったので、過度なプレッシャーを感じることはなかったです」
――趙の力量は認めているけれど、勝負はまた別ということですね。
「そう。今回の僕のアベレージが1.2ぐらいで、趙がファイナルを除くと約2ぐらいでしたよね。ホントよく当てますよ、彼は。でも、僕は数字は気にしてないんです。ビリヤードの試合はマッチプレーなんで、相手より当てたら勝てる訳ですから。基本は一対一の勝負。これがストロークプレーだと、アベレージが高くないと勝てないですけどね。また、彼と僕とはプレースタイルが違うし、強い外国選手が相手となれば僕の気持ちはさらに高まりますからね」
――新井プロのスタイルとは?
「僕ももう若くないので(笑)、練習量は趙ほど豊富ではありません。でも、培ってきた経験と、勝負の駆け引きには自信を持っていますし、良い表現じゃないけど、ごまかしながら撞けるところもある。この日は4試合プレーして、最後で逆転する試合があったり、ずっと苦しい展開の試合があったり、行きやすい流れの試合があったりと、展開も内容も全部違ってましたけど、自分らしさはどの試合でも出せたと思います」
――ファイナルでの精神状態は、例えば昨年の全日本選手権の優勝の時とは違うものでしたか?
「まるで違ってますね。今回はフロックが出ちゃった時に笑顔が出るぐらいですから(笑)。全日本選手権はそんな状態では撞けません。あれは本当に別格ですよ。自分のトーナメント活動の中でも圧倒的なウェイトを占めています」
――全日本選手権はそこまでのものなんですね。
「はい、そこでだけ評価をするという方が多くいますから」
――それは世間一般の尺度で考えた場合に?
「それもそうですし、ビリヤード界でもそう。3Cの世界で言えば『チャンピオンズクラブ』と言って、全日本選手権の優勝者しか参加できない大会などもあるので、選手活動において全日本を獲るかどうかというのは本当に大きな違いがあるんです」
――その意味でも、昨年は久々にメモリアルな年だった訳ですね。
「10年ぶりに全日本選手権を獲れて(4度目)、この10年間で一番嬉しい年になりました。さらに年間ランキングMVPまでいただけた(5度目)。そして、年明け初戦の東京オープンでも勝てたでしょう。ツイてるなと思いますよ(笑)」
――昨年今年と良い成績が続いていますが、練習や調整の仕方を昨年辺りから変えたのですか?
「いや、大きな変化はありません。むしろゲーム形式での練習量は昨年末から言えば減ったぐらい。ただ、僕はテーブルでプレーすることだけが練習だとは思ってません。今56歳で、もうシニアが見えてますし、たくさん練習すれば良いっていうものでもないんです(笑)。でも、日頃の体調管理や体力維持には気を付けていますね。身体に悪いところもあるので。そうやって自分の身体と年齢に向き合った上で最低限の練習はしているつもりです」
――昨年から体調が良くなっているのではありませんか? 試合会場でそう感じたことが度々あったのですが。
「ああ、身体そのものが良くなったというよりは、身体との付き合い方がこの数年で上手くなったと思います。それでまた勝負に集中しやすくなったというのはありますね」
――今また、勝負を楽しめる時が来た、と。
「はい、僕は根っからの勝負好きで、根っからの負けず嫌いなんですよ(笑)。ビリヤード以外のことでもね。純粋に勝った負けたが好きで、競うのが好き。ビリヤードは個人競技のマッチプレー形式だというところは性に合っているんでしょうね」
――まず勝負ありきなんですね。
「そう。僕はビリヤードの才能やセンスがある方だとは思っていないけど、今も20歳の頃と変わらないぐらい負けず嫌いだとは思ってます。勝たなければ楽しくないんですよ。極論ですけど、競技ビリヤードの世界は、最後は誰が一番負けず嫌いなのかという勝負なんじゃないかと思っています。だから、僕は『勝てない』と思った時が辞める時でしょうね」