一人で考えて判断し、己の道を信じて進むことが
「個人スポーツのプロ」として
大事な資質の一つであるとするならば、
内垣建一はプロらしいプロと言えるだろう。
キューを携えて何度もアメリカを訪れ、
アメリカの風土、プール文化、プールホール、
そこに息づく人々をこよなく愛し、
何年も『USオープン』(9ボール)参戦を
前提に秋のスケジュールを組んでいる。
「向こうに知り合いも多いんで、楽しいですよ」
と、一人で身軽にスッと飛び立つのが
内垣のスタイル。
その内垣が今秋、8度目のUSオープン参戦。
昨年より順位を一つ下げて、
49位タイで大会を終え、帰国した。
自身の戦いのこと、USオープンのこと、
そして、今のアメリカトーナメントシーンについて
じっくりと語っていただいた。
取材・文/BD
写真/U.S. Open 9-ball Championships & JP Parmentier
…………
2016年内垣建一戦績:
1回戦 11-7 vs H・ロンバード(米)
勝者1回戦 7-11 vs C・コンプトン(米)
↓
敗者3回戦 11-7 vs C・フートレル(米)
敗者4回戦 11-6 vs S・ウッドワード(米)
敗者5回戦 5-11 vs M・イモネン(フィンランド)
終了 (152名中49位タイ)
…………
Kenichi Uchigaki:
1969年1月29日生
JPBA28期生
『北海道オープン』2勝
『ハードタイムスオープン』(米)準優勝
GPE、及び前身の東日本プロツアー優勝多数
USオープンには8回出場
使用キューはTAD
Supported by JPA、KINGDOME、
TAD’s Custom Cue、UK Corporation
――今年でUSオープン8度目の参戦。今回は5戦して3勝2敗。152名中の49位タイでした。
「今回はよく撞けた試合が少なかったかな。悪い試合の方が目立っちゃったような感じです。良い流れの試合はそのまま勝ってるんですが、悪い流れをひっくり返したり、バチバチの相手をなんとかしたりというところまでは行けなかった。それではあの厳しいメンツの中では勝ち残っていけない。それを再認識させられました」
――”悪い流れの試合”というのは2戦目のC・コンプトン戦?
「そうです。アメリカの若手で、よく入れる選手なんですけど、キャリア的にも技術的にも劣ってないと思ったし、自分が勝っていておかしくない試合でした。終盤までチャンスは回って来てたんだけど、ものにできなかった」
――”バチバチの相手”というのは最後に負けたM・イモネン?
「ええ。向こうはバチバチで、こちらはブレイクが不発。こっちが1点取って『さあ行こう』ってところで、ブレイクイリーガルで相手に渡しちゃって、相手が取ってマスワリ……みたいな形を繰り返してました。
コンプトン戦にしてもイモネン戦にしても、自分の力が足りてないと言えばそれまでなんですけど、苦しい流れの時にもう一歩……メンタル的にもう一段階上に行けなかったなという思いはあります」
――「もう一段階上」というのは?
「なんと言ったら良いのかな……自分の中からグワーっと湧き上がってくるような集中力? 負けた2試合とも、その領域にまで行けなかったことが悔やまれます。終わってみると、ただ単に試合をやってただけという感覚が残っているというか。なんとか負けないように撞いてた感じ。それだと試合数を重ねているだけで調子は上がって行かないし、当然こういう成績に落ち着いてしまうよねと。
そういったメンタル的な部分は去年から感じていたことではあって。もうそろそろ本当に、次回はどうするかちゃんと考えないといけないところに来てると思います。ただ、USオープン以上に魅力的な試合が他にあるかと問われると……なかなかね」
――テーブルコンディションはいかがでしたか? 全台『ダイヤモンド』でラシャは『シモニス』。
「ダイヤモンドは日本にもあるけど、国内のとはコンディションが違ってました。すごく違うと思う。基本的にUSオープンのテーブルは球がよく走ります。平(ひら。ラシャのこと)は重いけど、クッションがピンピンな感じ。クッションだけが速いテーブルは、手球のポジションにかなり気を使うので難しいです。僕は1回TVテーブルでも撞きましたけど(vs S・ウッドワード戦)、TVテーブルは平も軽い感じだった。それはそれで僕は撞きやすかったですけどね。
日本にはないようなコンディションだから、どれだけ順応性があるのかという勝負でもありました。国内であれと同じ環境はちょっと思い付かないから、事前に準備するのも難しい。早めに会場に行って、現地でたくさん撞き込むしかないんですよね」
――今回は賞金圏内まであと一歩でした。賞金が獲れる・獲れないというところにはこだわっていますか?
「たしか僕は2009年からずっと賞金圏内に残れてたんですよね。それが今回はなしということで……気持ち的には随分違いますね。頭が勝手に『賞金は獲れるもんだ』と思ってた……とまでは言わないけど(笑)、あるはずのものがないとなるとね。でも、そこにこだわっている訳ではありません。やっぱり目標は高く持ってないといけないですよね」
――技術面についても聞かせてください。Twitterで9オンフットラックのブレイクについて書いておられましたが……。
「ああ、書きました。2つあって、一つはラックのことですね。“9オンフット”のラックは、普通の”1オンフット”のラックより、ウイングボール(菱形の横のボール)が即死しにくいとされていますが、ラックを組む時に、2番(菱形の一番下のボール)を浮かせて組むと、ウィングボールが即死する確率が高くなるんです。それはもう常套手段というか。昔からあったんですよ」
――2番が他のボールから離れているために、手球が当たった時のラック全体の反発力が、9個がきちんと密着したラックより弱くなる。それでウイングボールの進むコースが“下がりやすくなる”ということですか?
「そうそう。それでコーナーへのブレイクイン率を高くすることができてしまう。だから、そこは当然皆ナーバスになってました。USオープンでは相手がラックを組み終わった時にチェックできるので、選手同士が互いにラックチェックするんです。2番を浮かせて組んでないかって」
――2番がちゃんとくっついているラックで、手球は”ブレイクボックス”内から打つ(両サイドのレール沿いからは打てない)。……となると、「絶対に的球が入るブレイク」はまずないですよね。
「はい。それがTwitterに書いたもう1つのことです。会場で観ていると、皆、色々な打ち方をしてましたけど、完璧とまで言える人はいなかった。それでも張榮麟(今大会2位)はお手本になるぐらいに上手かった。ブレイクボックスの端に手球を置いて、ウィングボールをコーナーに狙うブレイクをやってました。彼だけじゃなく台湾勢は全体的にブレイクが良かったから、研究が進んでいるんだろうと思います。あと、ヨーロッパの人も基本的にやり慣れてる印象でしたね。もちろんアメリカの人も。アメリカでも9オンフットが普通になってきているようなので」
――スリーポイントルールを満たせず、“イリーガル”ブレイクになるケースは?
「多かったですよ。コーナーボールを即死させる意図で、カットブレイク気味に1番に薄めに当てたブレイクは結構イリーガルになってました。人によっては1番をサイドに狙うように打ってた人もいたし、10ボールみたいに真ん中めから割る人もいました」
――内垣プロご自身はどうでしたか? 大会中に”効くブレイク”は発見できた?
「途中まで掴んだ気でいたんだけど、ちょっと違ってたんだろうなと思います。それがもろにイモネン戦で出てしまってイリーガルになった。やっぱり9オンフットラック・ブレイクボックスは難しいです」
――大会そのものについてお聞きします。今回は、創設者であり名物プロモーターのB・バーマンが亡くなって初めての開催でした。会場の雰囲気は?
「バーマンが亡くなったし、40周年記念大会だったから、何か色々と予定されているのかなと思ったら、思いのほかいつも通りに進んでて、『あ、そうなんだ』みたいな(笑)。今年はバリーの息子さんが表に出ていて、Ascu-Stats(ビリヤード試合映像の制作販売を行う会社)のP・フレミングが全体を統括するという形でやっていて、何の問題なかったし、すごく落ち着いていた。昨年や一昨年に比べてだいぶ良かったと思います」
――もう何年も、内垣プロはUSオープンには欠かさず出ていますね。
「アメリカの良い大会が減ってしまって、他に行きたい大会がほとんどないというのも理由として大きいですね。『USオープン・10ボール』は今もありますけど、テーブルが7フィートになっちゃったし。わざわざ時間とお金をかけて行くものなのかということは考えます。さっきも言ったように、今のアメリカにはUSオープン(9ボール)以上に魅力のある大会はない。少なくとも僕はそう思ってます」
――現在のアメリカプロトーナメントシーンは、内垣プロの目にはどう映っていますか?
「一昔前のアメリカには、J・アーチャー、E・ストリックランド、M・モリスなんていうスター選手がたくさんいて、黄金期と呼べるような時代がありました。でも、なかなかそこに続く若手が出てこなかったというのが、ここ何年かのアメリカだったと思うんですけど、今ようやく世代交代が終わったんではないかと思ってます。昔からいるようなメンバーはもう往年の勢いは全くなくなっていて、若手が上に来るようになってきた。
今年5度目の優勝を飾ったS・V・ボーニングは、完全にアメリカNo.1プレイヤーになりましたね。歴代で言ってもNo.1じゃないかと思います。そして、J・バーグマンとかM・ディシェインという若手が出てきている」
――今回内垣さんが対戦したS・ウッドワードも注目の若手の一人ですね。『モスコーニカップ』のメンバーにもなっていますし。
「うん。それにO・ドミンゲスなんかもそうですね。みんな上手ですし、きらめきを感じさせてくれます。彼らはたぶんこれまでの何年間か、国内で大きな試合が少なかったから、地元を中心に活動してたんじゃないかな。手っ取り早くマネーゲームとかね。そういう選手たちが徐々に今、表に出てきているんだと思います。今は減少傾向にあるんだろうけど、アメリカのビリヤード人口はもともと多いし、やっぱりどこにでも上手な人、強い人がいるのがアメリカという国ですよね」
――USオープンを始め、ここのところアメリカの大きな大会は東(東海岸)で行われています。東海岸と西海岸とでビリヤード文化やプレイヤーのスタイルに違いはあるんでしょうか?
「あります。東海岸の方が昔から14-1が盛んだったこともあり、どちらかと言うと思慮深くて、落ち着いていて、ランアウトの上手いプレイヤーが多いです。例えばアーチャーとか、G・サンスーチ(故人)とか。トーナメントプレイヤーとして長く活躍している人は東に多いでしょうね。
一方の西海岸は、リズムよくアグレッシブに行くプレイヤーが多いかな。自分を乗せていくようなショットを選んだり。K・ダベンポートとか、モロー(I・パエズ。出身はメキシコ)とかT・ホー(出身はベトナム)とか。ちょっと古いね……(笑)。モリスも西海岸生まれだし(育ったのはハワイ)」
――内垣さんはどちらが肌に合いますか?
「どちらが合うとかそういうのはないですよ。どっちも好きです。というか、アメリカのどこで撞くのも好きなので(笑)。アメリカってほんとに色々なプレイヤーがいてカラフルですよね。そこが好き。
日本はどうしても皆が同じ考えのもとで同じようなことをするので、似てしまうのかなと思います。だから例えば、大井(直幸)プロや土方(隼斗)プロみたいな突き抜けたスタイルの人が出てくると、戸惑ってしまう人がいるんじゃないかな。でも、向こうってそういう人はいくらでもいるので楽しいですよ」
――USオープンという大会は、上位はやはりワールドトップ達が占めますが、アメリカの個性豊かなローカルプレイヤーがたくさん出ている大会でもありますよね。
「そうです。ギャラリーもまた本当にビリヤードが好きな人が多くてね。熱心にアメリカ勢を応援していて、僕はその光景を見ていつも良いなぁと思ってます。
来年以降、自分が出るかどうかもわからないのに人に勧めるのもあれですけど、USオープンが『良い試合』であることは間違いないので、今年は大井プロ、高野(智央)プロ、浜田(翔介)プロも出てましたけど、もっと多くの日本のプロたちに行ってもらいたいですね。確かに資金面などで色々と大変だと思いますが、大会としてどんどん成熟してきているし、毎年必ず世界トップが集まってるから、勉強になることはいくらでもある。参戦しないとしても、観ているだけでも楽しい大会です。ビリヤードが好きなら一度はあの雰囲気を体験してもらいたいですね」
(了)