コロナ禍とほぼ時を同じくして、
主戦場を海外に移し、
ワールドメジャートーナメントを軸に、
世界各国を転戦している大井直幸。
2021年『10ボール世界選手権』準優勝、
同年『USオープン』3位で、
国際的な評価もさらに上昇した。
(→ 当時のインタビューはこちら)
今年(2023年)も
『プレミアリーグプール』で3位入賞など、
着実に実績を積み上げている。
そんな大井が
7月の『東海グランプリ』で優勝。
3ヶ月ぶりの国内大会出場だった。
優勝翌日にインタビューを行い、
東海グランプリの感想にはじまり、
ワールドツアープレイヤーとしての
現在地点、そして展望を語ってもらった。
――国内大会3ヶ月ぶりの出場。そして優勝は昨年4月の『関東オープン』以来1年ぶり。ご自身としてはよく撞けたと思いますか?
大井:そうですね。色々とコントロールが難しかったですけど、優勝できたのは良かったです。運営されていたJPBA東海支部の皆様のおかげで良い試合ができたと思うので、「ありがとうございます」と言いたいです。
――「コントロール」というのはボールのことですか?
大井:いや、技術的なことと言うより、何と言ったらいいのかな、同じ10ボールでも海外でやってるものとはどうしてもちょっと違うから、そこへの対応というか。やっぱりこういうテーブル、こういう試合形式では周りのプレイヤーの方が能力高いなと感じます。
――勝ち負けについての意識は?
大井:いつもと同じで、別に勝てるとは思ってなかったし、負けるとも思ってなかったです。前は「自分が良いプレーができたら勝てる」っていう感覚があったんだけど、今はそれもないですね。世界には強いヤツがゴロゴロいるから。僕はそこまで上手くもないし強くもない。今回もそう思ってました。
――決勝戦の上がりは取り切りから4連発。見応えある締め方でした。
大井:あんな形で試合で上がれたのは初めてじゃないかな。今までの僕だったら、最後のマス(4連発目)はマスワリしないか、マスワリ配置にならないっていうパターン(笑)。自分が1発ミスって相手に追い付かれる、みたいなね。だから、今回は自分でもなんかあっけなかったなと感じました。そして、「ああ、前よりちょっとは強くなってんだな」とも思いました。たぶんそこまでプレッシャーがなかったっていうのもあるだろうけど、できなかったことが自然にできるようになってるのかもしれないなって。『ワールドカップオブプール』(7月)でもそう思う瞬間があったけど、何百回も失敗してきたことができるようになる体験ってのが増えてきてて。今回の上がり方もそういう感じだったかな。自分ではよくわからないけど、たぶん今も上手く、強くなってるんだと思います。
――4連発上がりの時はもうテーブルコンディション掴めていたのか、それとも把握はできてないけど安全な取り方を意識していたのか。
大井:2日間とも丁寧に撞いてはいましたね。ポケットが大きいから簡単に撞けるのは撞けるんだけど、それは僕が今やってるスタイルではないし、タイム(ショットクロック)がない試合だから妥協しないで撞いた方がいいんだろうなと。台が簡単だからこそ難しく撞いた方がいいなと思ってたんですよ。でも、あの上がりの4連マスの時は余計なことは考えず、もうただ「全開で行こう」と思って。海外で撞いてる時のテンポがあれに近いです。マッチルーム主催大会のタイムは30秒だし、良くも悪くも余計なことを考えずにシンプルに撞いてます。でももし今回、丸一日あの速めのテンポで撞いてたらたぶんどこかで負けてたと思います。
――大井プロは今、マッチルームの特設会場でよく撞いてます。国内ビリヤード場開催の試合とはコンディションが異なると思いますが、日本のテーブルにどう合わせているんですか?
大井:合わせて……というか、わかっても信用はしてないですよ。今回もそうでした。だから初日も2日目もミスが出てたし、スローペースになっていた。ただ、丁寧に撞けばどうにかなるなと思ったんで、“最悪”にならないような取り方で、ミスを減らすように考えながら撞くしかなかったです。海外の場合、テーブルコンディションはわかってるから、ミスしたら「自分のミス」で済むんだけど、日本だとどっちなのかがすぐにはわからない。そういうところも見越して、今回は試合前に海外仕様じゃないテーブルで練習してました。
――つまり、ポケット幅が広めのテーブルで?
大井:そう。このサイズで試合するのも面白いのは面白いですけど、日本全国的にやっぱりちょっと大きすぎるかなと思います。これだと単純にプレイヤーのレベルが上がって行かないんじゃないかなって。
――マッチルームは「4インチポケットでやる」と公言していますね(※4インチ=10.16cm=ボール約1.8個分。かなり狭め)。
大井:いきなり日本のテーブルのポケットをそこまで絞らなくていいと思うけど、やっぱり幅が広いとゲーム性が変わってくるし、上手い人と下手な人の差が出にくいですよね。そもそも「上手いって何?」ってことになる。狭いから丁寧に撞くし、技術も上がると思う。観客や視聴者にとって広いのと狭いの、どっちの方が見応えがあるのかは僕にはよくわかんないですけど、プレイヤーとしては狭い方が技術の差が出て面白いんじゃないかと思います。それは今回の試合でも感じましたね。雑っていうか丁寧じゃない取り方をしている選手もいました。僕はそういうところを見ちゃう。渋いポケットで丁寧に撞いた方がもっと早く上手くなれるのにと思います。決勝ラウンドに残る選手は皆だいたい丁寧ですけどね。
――「雑」というのは穴幅に甘えた取り方ということですか?
大井:そう。ある意味、雑な方が勝ちやすいのかもしれないけど、やっぱり穴幅が甘いと、取り方、技術……全部が甘くなると思う。試合的にピリピリするポイントが違ってきちゃうというか。……う~ん、僕はそういうコンディションだと面白くないんだろうね(苦笑)。たとえるなら、池もバンカーもなくて、広くて真っ直ぐなコースでゴルフをやってるみたいな感じ? 昔から言ってますけど、ポケットが広い方がお客さんが来るんだったら、前からもっと来てるだろうし、そこはあんまり関係ないような気がするんですよね。それだったら、ボール2個分以下の穴幅でいいんじゃないかなって。
――ところで、今大井プロはメジャーな国際大会を軸にスケジュールを決めています。今後もその予定ですか?
大井:はい、海外中心のスケジュールです。海外の大会の間隔が空く時は日本に戻って来て、お店(東京『フランネル』)で練習して、試合で何か試したいとかコントロールしたいことがある時に日本の大会に出ます。
――ということは、日本のランキングは気にしていない?
大井:いや、今回の東海グランプリの前に(6月末時点のJPBA統一ランキングが)「今39位だ」と言われたんで、10位以内には入りたいなと思ってます。今僕はWPAランキングが15位で、マッチルームナインボールランキングが27位でしょ? それよりは上にいときたいなって(笑)。でも、これからまたしばらく海外なので、ひょっとすると次の日本の試合は『全日本選手権』(11月)かもしれない。そこで優勝してぎりぎり日本ランキング10位ぐらいになれるかも。できれば国内も海外も全てのランキングで10位以内にいたいですね。もちろん「海外で優勝」がより大きな目標ですけど。
――世界ランキングの話が出ましたが、WPA15位、マッチルーム27位というランクは、今のご自身の力を表していると思いますか?
大井:うん、合ってると思います。マッチルームランキングの20位前後はどんぐりの背比べだと思います。獲得賞金ベースのランキングなので、一発かませば(マッチルーム主催大会で優勝できれば)すごく大きくて、たぶん10位以内に入れる。ほんと一発で全てが変わるんでね。せめてファイナルかセミファイナルを撞けば……今一番目指してるところはそこですね。
――今はWPA系(=プレデター系)とマッチルーム系、大きく2系統に世界大会を分けることができると思います。
大井:僕はランキングシードという形で国際大会の出場権をもらうことが多い……というか、それで出場権を得るしかないから、どちらの大会にも出てどちらのランキングも保持しないといけない。スケジューリングは大変です。とりあえず次に僕が出るプレデター系大会は10月の『8ボール世界選手権』で、その後はプエルトリコ(11月『プエルトリコオープン』)かな。今後もプレデター系イベントに出られる時は出ますけど、プレイヤーとしてよりタイトルを獲りたいと思うのはやっぱりマッチルーム主催大会ですね。
――マッチルーム主催大会での今年のここまでの結果については? 『プレミアリーグプール』は3位でしたが、あれはランキング非対象の招待試合でした。
大井:今年ここまでは良くはなかったです。でも、ここからですよ。やっと準備が整ってきたなと思ってます。本当はずっと整ってないといけなかったから、その点では後手に回ってしまった感はあるし、何回かチャンスを逃したのは事実ですけど、それでも僕の中では最短でここまで来れたと思ってます。
――「後手に回ってしまった感」というのはどこで感じたのでしょうか? 技術面? 心構え?
大井:技術的なこともそう、方向性だったりマインドもそう。でも、その道を辿らなかったらここにたどり着いてないから、後悔はしてないです。今はマインド的に良いところにいるから、一喜一憂せずにチャンスに備えられると思うし、優勝も見えてくると思う。もちろん“負け―負け”だって見えてます。そういうトーナメントだし、みんな苦しんでますからね。ほんとに1週間ずっと調子とメンタルが良くて、ロール(良い展開、風向き)がなかったら勝てないから。ってことは、調子の維持が大事なんですよね。人はどうしてももっとパワーアップしたいっていう欲に負けるじゃない。今の僕はそこを捨てながらやる覚悟です。
――それは「意気込まずにやる」ということですか?
大井:意気込まずに、というか……「勝ちたい」と思うのは誰でも一緒だけど、そう願ってるからって叶う訳じゃない。テーブル上で与えられた球をとにかく本当の意味で一生懸命撞いて、失敗しても成功しても受け入れていけばチャンスがあるんだろうなと今は思います。だから、ミスに対しての考え方が最近変わってきました。今はミスしてもほーんとに気にしてないし、理由も考えてない。だって、理由なんてわかってんだから(笑)。深く考えてもしょうがない。反省せず前だけ向いていこうと思ってます。
――以前よりも世界で戦えているという実感はありますか?
大井:やっと最近手応えが出てきたね。いつまで維持できるかもわからないし、落ちる時は落ちるだろうけど、落ちる準備は考えずに行こうと思ってます。これは限界との戦いなんで。もともと自分で限界を作っちゃう癖があるけど、このステージにいる限りは自信を持ってプレーしたいですね。
――2年前にインタビューさせていただいた時は、まだ「対世界」というところで、チャレンジャーの意識があったんじゃないかなと思います。
大井:そうですね、まだチャレンジャーだったかな。それで言ったら今回の東海グランプリはチャレンジャーだったね(笑)。今はもう海外で撞くことは普通というか、楽しいのは楽しいですけど、チャレンジャーではなくなってるよね。
――世界が戦うのが日常に。
大井:たしかに日常っぽくなってる感じ。試合は今もずっと大好きで楽しいけど、ワクワクしてるかと言われたら、そんなでもなくて普通です。でも、逆に試合がないと「なんか落ち着かないな~」って思うし、ダメになっちゃう感じですかね。試合はいつもドキドキするし、そわそわしするし、負けちゃうかもしれないんだけど、もうアディクション(中毒)です(笑)。
――根っからのプレイヤーですね。
大井:ほんとそう。賞金稼ぎですよ(笑)。生きるか死ぬかみたいなのが楽しくなっちゃったもんね。幸せですよ、海外で試合ができて。
――ずっと遠征資金を工面できているところもプロだなと。
大井:それはもうスポンサーの皆様のおかげです。スポンサーさんがいなかったら僕は何もできない。いろんな人が「お前にはチャンスがある」ということでお金を出してくださってるし、その言葉を信じて行こうという気持ちもあります。だから、皆のサポートに応えたい。だけど、応えたい応えたいって心が重たくなって失敗するのも嫌だから、試合中は切り替えてます。
――最後に一つ。昨年から今年にかけてF・サンチェスルイス(スペイン)が目覚ましい活躍で『9ボール世界選手権』『USオープン』などタイトルを次々に獲得しました。以前からサンチェスルイスと親しくしている大井プロから見て、彼の強さの秘密とは?
大井:ルイスは試合が始まるその瞬間までふざけてて、全くナーバスになってないんですよね。テーブルについてバンキングを撞いた瞬間に一気に集中する。始まったら自信を持ってプレーする。そんなところや、考えてることは僕と一緒だなと思います。……でも、今もう彼は苦しんでますよ。やはり1試合勝てなかった(3月『10ボール世界選手権』の決勝戦でE・カチに敗れた)だけで苦しむのが、プールプレイヤーだと思います。
――1回の敗戦で。
大井:そう、やっぱり色々なことを考えると思います。そして、その苦しみから何度も何度も這い上がってくるのが王者なんだと思います。今だったら、シェーン(・バンボーニング)とかジョシュア(・フィラー)は、そういう精神的な上下を何度も経験した上で王座にいるプレイヤーだと思う。僕は彼らほどの大きなアップダウンは経験してないけど、自分なりにちっちゃなものはあるんで少しわかります。ルイスに関してはまだ、苦しみを乗り越えて王者になるのか、苦しんだままになるのか、僕にもわからないです。あと、今のフェダー(・ゴースト)もルイスと似た感じですね。メジャーシーンではなかなか勝ててないでしょ。
――ええ、ゴーストはまだマッチルーム主催大会では良い結果が出ていません。
大井:やっぱり今海外は相当競争が厳しいし激しい。皆本気でやってる分、トップ達も負ければ傷付いてます。そして、何かを変えようとする。シェーンはこないだエクステンションを外してたし、フェダーはバットにゴムを巻いていた。アルビン(・オーシャン)はエクステンションを付け始めて、ジェイソン(・ショウ)はエクステンションを外してた。みんなやっぱり毎回何かしらの準備をして戦ってます。それは海外のタフなテーブルコンディションも関係しています。ルイスは今まさに悩んでると思いますよ。『スペインオープン』であの9番(ベスト64のヒルヒルの9番)が外れるんだから。
――実績あるトップ達も日々試行錯誤している訳ですね。
大井:そう。まあ、それが壊れる原因でもあるんですけどね。だから、僕はもう「変えない」という選択をしました。今まで試行錯誤し続けて来て、道具とかメンタルとかもそうだけど、たぶん今マキシマムに近付いて来てるから。もちろんまだ上げられると思うけど、せっかく今いられているこの世界を、今の自分でどこまでも楽しみたい気持ちが大きいね。……チャンスはあるんですよ。結局自信のあるヤツが勝つ。勝ったらさらに自信になる。でも、自信がすぐ失われるのもこのゲームだから。そこが面白いと思うんですよね。日本のプールファンの皆さんも、もちろん日本の試合も見てほしいですけど、今の海外大会もすごく面白いから、ぜひライブ配信とかを見てほしいですね。プレイヤーの本気度を感じてもらいたいです。
(了)
Naoyuki Oi
JPBA40期生/1983年1月10日生/東京都出身
JPBA年間ランキング1位・6回(2006年、2012年、2014年、2015年、2017年、2018年)
2007年『ワールドカップオブプール』3位
2012年『9ボール世界選手権』3位
2014年『全日本選手権』準優勝
2015年『ワールドカップオブプール』3位
2017年&2018年『ジャパンオープン』準優勝
2017年『ワールドゲームズ・ヴロツワフ大会』銅メダル
2017年『USオープン9ボール』5-6位
2018年『CBSAツアー 中国・密雲戦』優勝
2019年『ジャパンオープン』優勝
2021年『チャンピオンシップリーグプール』5位
2021年『10ボール世界選手権』準優勝
2021年『USオープン』3位
2023年『プレミアリーグプール』3位
他、優勝・入賞多数(2023年7月現在国内43勝。こちらへ)
使用グローブはOWL
使用プレーキューはHOW(ハオ)
使用ブレイクキュー、ジャンプキューはUnlimited(アンリミテッド)
使用タップは斬(ZAN)
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