4ヶ月前までは苫小牧の高校生。
卒業後に『女流球聖位』を制して
女子アマ日本一になり、7月にプロに転向。
その初戦、『関東レディースオープン』で
結果を出した。
デビュー戦での優勝はJPBA女子プロ史上初。
18歳11ヶ月での女子全国オープン戦制覇は
JPBA女子最年少。
言葉にすると華麗なシンデレラストーリー。
だがこの半年、順風満帆ではなかった。
台湾遠征では世界との差を感じ、
積み上げてきたものを一度壊す必要に迫られた。
突貫工事のような調整期間を経て、
テーマを持って臨んだデビュー戦。
これまでのように「悲観的な自分」が
試合中に顔を出すことはなかった。
"進撃の小娘"はここから己の道を切り拓いていく。
写真・取材・文:BD
(※取材は大会翌日に行っています)
…………
Yuki Hiraguchi
JPBA50期生
1997年7月11日生
北海道栄高校卒業(※2016年3月まで在校)
北海道出身・在住
Vivapool(北海道)所属
ビリヤード歴は約12年
2013年『全日本ジュニア』
(JOCジュニアオリンピックカップ)優勝
2013年『世界ジュニア』(南アフリカ開催)準優勝
2014年『女流球聖戦』挑戦者(東日本代表)
2015年『アマナイン』優勝
2015年『アジア選手権』ジュニア女子の部3位
2016年『第8女流球聖戦』球聖位
2016年7月プロ入り
2016年『関東レディースオープン』優勝
※2016年4月女流球聖獲得時のインタビューはこちら
↓ 優勝まであと3球!
――プロデビュー戦で優勝。
「一言で言うとすごく嬉しい。……本当に嬉しい。……本当に嬉しい時って上手く言葉が見付からないんですね」
――決勝戦はどんな心理状況でしたか?
「序盤は結構緊張してて上手く撞けなかったです。0-3までリードされた時にタイムアウトを取って、トイレでちゃんと自分の顔を鏡で見て、全く気持ちが落ち込んでないことが確認できたので、改めて今回のテーマの『テンポよく撞く』ってことを意識して戻って来ました」
――最後、ヒルヒル(6-6)での1番からの取り切りは?
「緊張した(笑)。特に3番がすごかった。でも、撞く前に声を出したのが良かったのかもしれないです」
――少し困ったように微笑みながら「う~」の時ですね。
「あの時の素直な感情が出てきたと思います。緊張する局面を楽しめていたのかなって。今までだったら悲観的な感じで『はぁ』とか『ふぅ』とかつぶやいてたと思います」
――2日間、内容面で手応えは?
「新しいプレースタイルに変えたばかりで確立している訳じゃかったので、一歩間違えたり、1球間違えたりしたらどうなるか不安でした。ずっと手探り状態でだいぶ危なっかしかったと思います。今までなら試合前夜に寝られないってこと、あまりなかったんですけど、今回は金曜の夜、2時間ぐらいで目が覚めてしまって。そのぐらい不安だったんだなと思います」
――それにしても、全体的にデビュー戦とは思えない精神的な落ち着きを感じました。
「それは皆さんにも言ってもらえました。試合へ臨む時の気持ちと試合中のメンタルが今までとは全然違ってたと思います。厳しいなと思うような球でも"しゃっ"と構えられたことに、自分でもびっくりしてたぐらい」
――2週間前の台湾遠征(6月『アムウェイカップ』ステージ1参戦)が転機になったのは間違いないですよね。
「そうです。あの後色々と変えたんです。台湾は、初めて鳴海さん(大蔵プロ。平口プロのコーチを務める)と一緒に行った遠征になりました。初めて私の試合を間近で見てもらえたし、一緒に他選手の試合を観て、たくさんの課題が出てきました」
――海外勢との違いとは?
「大きな意味でのメンタルの持って行き方ですね。それが、顔つきや球を外した直後の姿に現れます。着席する際の座り方とか。そこがもう私は全然ダメで。鳴海さんは『お前は技術だけならここで戦える。だけど、気持ちはステージ1のプレイヤーの中のワーストだ。すごく弱く見える』って。正直、今回はメンタルがひどすぎて、自分でも呆れたぐらいです」
――そこを関東オープンまでの2週間で見つめ直した。
「はい。直接的なメンタルと、間接的にそこに繋がってくるプレースピードだったり、呼吸法だったり、肩の使い方だったり……。中にはすぐには受け入れられないこともあったけど、何度も話し合って」
――鳴海さんと、それに自分自身と徹底して向き合ったんですね。
「今までも色々なところを直してきたけど、その日限りだったり、3日で元に戻ることも多かった。忘れちゃうことや意識的に止めちゃうこともあった。変える必要性を心からわかろうとしてなかった時もあったんです。
今回も全てをすぐ飲み込めた訳ではなくて。っていうのも、それまでのプレースタイルは、緊張しやすいという私の特徴を踏まえて作ってきたものだったから。プレースピードのことで言うと、『じっくり考えて撞かないと球は入らない』という固定観念も持っていたので。でも、チェスカ・センテノ(アムウェイカップ優勝・当時16歳。画像下)を鳴海さんと一緒に見て、私にもっと良いスタイルがあるんじゃないかと追求することになったんです」
――チェスカの優勝劇には刺激を受けたでしょう。
「はい、まだ試合で当たったことはないですが、もう4回くらいチェスカに会ってますし、喋ってます。彼女はかなり性格に合ったプレースタイルを体現してると思うんですよね。そういうプレイヤーが強いというのが鳴海さんと私の共通認識なんです」
――平口プロもそこを意識して取り組んだ?
「そうですね。でも、すんなり出来た訳じゃないです。足の位置も全部変えたし、球も外しまくったし、『デビュー戦の1週間前にやることじゃないでしょ』みたいな(笑)。私が反抗しすぎて鳴海さんがつらい顔をしてたのも覚えてます。正直私は『もうダメだな』と思ってました。……あ、やばい、冷静に色々と思い出したら……すみません(言葉に詰まる)」
――急ごしらえだったのかもしれないですが、本番の2日間、新しいスタイルで貫き通せていたように見えました。やはりわかりやすいのはテンポの良さ。
「チェスカの間合いも取り入れつつ、自分の今までのスタイルも入れられたんじゃないかと。新しいスタイルは、これはこれで私の性格を反映した私らしいものなんじゃないかなって思います。普段の私は、よく笑って楽しんで、バカっぽいというかそんな感じなので(笑)。『その性格のままプレーしたらいいのに』と言われたこともあります」
――ビリヤードだと慎重になってたんですね。
「はい。私は誰かと喋ってる時も、『悪い意味に思わないかな……』とか細かいことをすぐ気にしちゃう性格で。今まではそこしかビリヤードに出てなかった気がします。でも、慎重さも大事だけど、素の『楽しい自分』が出ていても良いんじゃないかと。チェスカを見てその思いを強くしたというか。今回の決勝戦で0-3とリードされた時に、今までのような負の感情がなかったというのは、スタイルの切り替えにある程度は成功したのかもしれないですね」
――デビュー戦で優勝。そして、JPBA女子全国オープン戦の最年少優勝記録(18歳11ヶ月)です。
「すごく嬉しいです。でも、試合後に周囲の方にも言われましたけど、『これから』なんですよね。その言葉を『天狗になるな』という意味に受け取って、気持ちを切り替えて『ジャパンオープン』に臨みたいです」
――ところで鳴海さんは今回はなんと?
「勝った当日しか褒めてくれませんよ、あの人は……(笑)」
(了)