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生中継画面の中の
2012年3C世界女王・東内那津未は、
ショットが当たっても外れても
微笑みをたたえたまま、
きびきびとテーブルの周りを巡っていた。
その姿には経験に裏打ちされた
落ち着きが感じられた。
3C強国・韓国で、PBA/LPBAが
生まれて2022年で4年目。
その第1回大会から
約20回参戦し続けて、今回初めて
決勝戦の舞台に上がった東内は、
それほど気負うことがなかったという。
大会3日後にその理由を教えてもらった。
――優勝直後は「実感がなかった」とのことでしたが、3日経った今はいかがですか?
東内:今もまだそんなに実感はないですね。でも、この数日、挨拶回りに伺った時にお祝いの言葉をいただいたりとか、面識のない方からも声を掛けられたりして、そのたびに少しずつ実感しています。
――Twitterで「まさかまさかの優勝」と表現していました。ご自身では「優勝まで行くとは」という感覚も?
東内:そうですね。ここ3、4ヶ月ぐらい仕事などで忙しくしていて、正直言って満足行くような練習時間は取れていませんでした。今回もしっかり準備が出来ていたかと言われるとそうではなかったです。ただ、そんな状態だったから、「もう気楽に行ってみよう!」という気持ちになれて良いメンタルに繋がったのかなと思います。リラックスして撞けた感じはありますね。それは前回(『第4戦』3位)もそうでした。
――以前は気負っていたこともあった?
東内:はい。前はしっかり練習して、「よし、やるぞ」「勝たなきゃ」と意気込んでましたけど、それが心理的に重荷になっていたところもあったと思います。
――映像からも純粋にプレーを楽しんでいる様子が伝わってきました。
東内:そうですね。「最後まで楽しんでやってみよう」みたいな。初心に帰れたような感覚もありました。
――準決勝(vs キムボミ)は大逆転で勝利しました。相手にセットカウント0-2とリードされて、その後マッチポイントボールまで撞かれましたが、慌てることはなかったですか?
東内:慌ててはいなかったですね。第1セット、自分的にはかなり良く撞けたんですけど、相手も良い球を撞いていて取られて、第2セットもそのままの流れで行かれて。第3セットも先にワンモアを撞かれたので、一瞬「ああ、これは負けたな」と。でも、「最後までできることはやろう」と思ってました。そのうちになぜか相手が痺れだして、1モアが当たらなくなり、私が1セット取らせてもらいました。そこで「これはチャンスあるな。まだ諦めちゃいけないな」と思い始めました。
――第4セットも序盤は相手(キムボミ)が先行しましたが、終盤に東内プロが8点ランの撞き切り上がりでした。
東内:たしかその8点ランの直前のイニングだったと思うんですが(9イニング目)、私がタイムファウル(時間切れ)を犯してしまったんです。でも、それがきっかけで頭が切り替わったというか、かなり良い集中状態に入りました。
――タイムファウルを引きずるのではなく、逆にスイッチが入ったと。
東内:そうなんです。ここ最近……たぶん前回(第4戦)もタイムファウルを何回かやっていて。いつもやった瞬間に「いかんいかん」となって、「早く取り方を決めて、余裕を持って撞こう」と自分に言い聞かせることで集中力が増していました。その前からやれよって話なんですけど(笑)。今回もタイムファウルをきっかけに上手い具合に頭が切り替えられて……そこからの記憶があまりありません。
――集中マックス状態になったのですか?
東内:ゾーンに入るとまでは行かないんですけど、余計なことが何も頭の中に入って来ない状態で、配置を1個1個「よしよし」とクリアしていくような感覚でした。振り返ると、タイムファウルをして良かったというか(笑)、あそこが逆転のキーポイントだった気はします。
↓優勝を決めた決勝戦・第5セット
――翌日の決勝戦(vs ペクミンジュ)は東内プロが序盤から主導権を握り、幸先よく3セット先行しました。準決勝からの勢いに乗って撞けたのでしょうか?
東内:というよりも、私としてはそんなに緊張もせず、平常心で淡々と撞けたなと思います。相手はラウンド8と準決勝で強い2人(S・ピアビとキムガヨン)を破って来てますし、見ていてすごく気持ちいい球を撞く人で。乗せてしまうと危ないタイプだなということでちょっと警戒してたんですけど、なぜか序盤から少しおかしくなってくれてました。こちらはこちらで淡々と進めて行った結果、ああいう展開になったという感じです。
――第4セットを相手(ペクミンジュ)に取られて3-1にされた時も、焦りなどはなかったですか?
東内:あそこで気を引き締め直しました。彼女はピアビにも逆転勝ちしてましたし、私自身も準決勝で逆転勝利を収めています。いつ逆転されてもおかしくないので、油断しちゃいけないなと。それに、もしフルセットまで行ったら最大7セット撞くことになるんですけど、セットが多くなればなるほど、私は体力的に不安な面が出て来るなと思ったので、出来る限り早く終わらせたいという気持ちもありました。
――第5セット、東内プロのチャンピオンポイントボール(ワンモア)は表から4クッションで回す球でした。あの場面、心拍数は上がっていましたか?
東内:最後の1点だけ心拍数は倍に跳ね上がってたと思います。それまでは「優勝できるかもしれない」とうっすら思う時もありましたけど、ただひたすら球を見て撞いていただけでした。でも、ワンモアになって突然「優勝」が目の前に現れた感じで、しかもそんなに難しい球ではなかったので「ここで決めなきゃ」と思ったら心拍数が上がりました。目の前があまりよく見えなくなって「ちゃんと撞けるかな」って思いながら撞きました。むしろ、その一つ前、ツーモアの時のことはよく覚えてます。
――あの球も表で取りましたね。
東内:薄い箱球でしたね。撞く前に、たぶん取り方をどうするか悩んでたんだと思うんですけど、あっという間に残り10秒ぐらいになってました。タイムアウトはもう使い切った気がしたけど、審判に「タイムアウト、まだありましたっけ」って聞くだけ聞いてみたんです。そしたら「ないですよ」と。実はあの時、点数も把握出来てなくて、「あと何点だっけ」「これが1モアだったらどうしよう」なんてことも考えながら、時間がないのでサクッと撞きました(笑)。当たってくれて良かったですけど、ちゃんと向き合って撞いた訳ではなかったので、内心「あれがワンモアじゃなくて良かった」とも思いました。よく考えると、ワンモアになったら「チャンピオンシップポイント!」っていう場内アナウンスがあるんです。それがない時点でワンモアじゃないのに……もう全然余裕がなかった証拠ですよね(苦笑)。
――ワンモアが当たった瞬間の気持ちは?
東内:嬉しい気持ちももちろんあったんですけど、「勝ったらここで喜んで、こっちのカメラにサインして」という手順が決まってましたし、そのままセレモニーに移るので、事前に聞いた段取りを思い出しながら、それに沿って動くのに一生懸命でした。
――表彰式では韓国語でスピーチをしていましたが、以前から学んでいたのですね。
東内:外国語大学に通っていた時に韓国語を専攻してたので、前からそこそこ喋れました。今はLPBAも4年目で韓国にいる時間が長いので、たぶん当時のピークよりも今の方が喋れてるんじゃないかなと思います(※BD注:東内プロは他にフランス語と英語も出来る)。
――東内プロのスピーチの最中、カメラは観客席にいる韓国人女性を映していました。東内プロがその方に謝辞を述べていたのかなと。
東内:LPBA選手のパク・スヒャンです。以前から面識はあったんですが、コロナ禍になってからすごく親しくなりました。とても面倒見の良い方で、いつも家族同然のように接してくれています。最近私は韓国で引っ越しをしたんですが、引っ越し先はスヒャンの家の近所です。彼女は引っ越しも手伝ってくれました。今回、彼女は早いラウンドで負けちゃったんですけど、大会中私の食事の世話から送り迎えまでやってくれてお世話になりっぱなしでした。それで表彰式で彼女に感謝の気持ちを伝えました。それでも返しきれないくらい恩がたまってしまってます。
――東内プロはLPBAの立ち上げ当初(2019年)から参戦しています。LPBAは今回が通算22回目でした。
東内:22回のうちこれまでに1回か2回、コロナで韓国のビザが取れなくて出られなかった時があります。それ以外は全て出ています。
――挑戦4シーズン目での優勝。ここまでの月日を東内プロは長かった、それとも早かった、どちらに感じますか?
東内:今こうやって「22回」とか「4年目」と聞くと、「ああ、そんなに経ったのか」と時間的にはすごくあっという間に感じます。そして、この20回、毎回本当に自分が優勝できると思って出てはいなかったかもしれません。
――と言いますと?
東内:ずっと結果が出なかったですし、いつも「この試合で勝ち上がるのはほんとに難しいな」って思っていたので、本気で優勝を意識するところまで行ってなかったと思います。
――それほど難しく感じていたのですね。
東内:まずサバイバル(「4人撞きラウンド」。ラウンド128、64、32まで)が苦手で、あそこで何度も負けてました。たまにセットマッチ(1 vs 1。ラウンド16以降)に進めても、今度はセットマッチでおかしくなったりして……。上手く行かないことだらけでした。
――それはLPBA独自のルールやテーブルコンディションも影響しているのでしょうか。日本とは大きく違うと聞いています。
東内:ルールはまだいいんですけど、私はボールとテーブルの違いにかなり苦労しました。ボール自体が重いというのもありますし、クッションも速いので、球の転がり方がだいぶ違います。それまでの経験値はリセットされた感覚ですね。でも、その後も昔の記憶が邪魔をする時があるというか、何度やっても昔のラインが見えてしまうこともあって、長いこと順応出来ませんでした。いや、未だに完全に順応出来てるとは思えないです
――今年のLPBAの『第3戦』では肥田緒里恵プロが優勝しました。肥田プロの活躍は良い刺激になりましたか?
東内:そうですね。でも、「緒里恵さんはいつか優勝するだろうな」というふうに思っていたので、実際に緒里恵さんが優勝したことで自分のやり方が変わったということはなかったです。それよりも、緒里恵さんは目を悪くされたりしましたし、そもそも韓国での生活や言葉の面で色々とご苦労をされていたと思うので、私も心配していましたし、純粋に「優勝出来て良かったなぁ」と思っていました。
――東内プロは引き続きLPBAでプレーするのだと思いますが、今後の目標は?
東内:もう1回LPBAで優勝したいですね。今回は運が自分に向いてくれて、流れも良くて、いろいろ噛み合った結果の優勝だったと思います。優勝出来る時って絶対どこかしらに運が発生するものだと思うので、実際は実力だけで勝てることはないと思うんですけど、次はもっと圧倒的にと言いますか、「9割実力」みたいな勝ち方が出来たらいいなと思います。周りから『あの人は力があるから優勝した』『東内は強いな』と納得してもらえるぐらいの力を付けたいです。
――わかりました。最後に、応援してくれてる人達へメッセージをどうぞ。
東内:だいたい表彰式で(韓国語で)言ってしまったんですが、まとめると『いつも応援ありがとうございます』になってしまいますね(笑)。今回はたくさんのお祝いのメッセージをいただきました。それも嬉しかったですし、以前からいつも私の結果を気にかけてくださって、負けた時にも「また頑張ってね」と励ましの言葉をかけてくださる方もたくさんいらっしゃいます。応援してくださった全ての方に感謝しています。この先も皆さんに声を掛けていただけるように頑張りますので、応援よろしくお願いします。
(了)
Natsumi Higashiuchi
2008年JPBF入り
主な戦績
○ 国内:
『レディース3Cアダムエメラルドカップ』 優勝4回
『レディース3Cグランプリ』優勝1回
他、優勝&入賞多数
○ 海外:
2012年『女子3C世界選手権』優勝
2022年『LPBA第5戦 High1 Resort Championship』優勝
他、入賞多数
使用キュー:Adam Japan(シャフトは『風神』(Kuh))
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