「今年は1年のうち半分近く
韓国にいるかもしれません」と
朗らかに笑う界文子。
今まで出ていた
LPBAツアー(個人戦)だけでなく、
2023年からチームリーグにも
出られることになり、
渡韓の回数と日数は増えるばかり。
2人の子供と夫と離れて暮らす時間が
長くなるのはつらい。
しかし「こんなチャンスは
もうないかもしれない」
と異国でプロプレイヤーとして戦うことを求めた。
そして、PBA参加5シーズン目で
掴んだツアー初優勝
(2023-2024シーズン第4戦『SY Championship』)。
挑戦は報われた。
しかし、界文子はまた韓国へ向かう。
――海外初優勝をLPBAで達成しました。率直なお気持ちは?
界:すごく嬉しいです。今まで優勝と準優勝の差や1試合・1球の重みを国内でも海外でも何度も味わってきました。「勝ちたい」という気持ちはすごく大きかったですし、そう思って勝てたことが嬉しいです。2日経った今は「本当に優勝したんだ。夢じゃないんだ」とふつふつと実感が湧いてきています。
――ご自身ではよく撞けたと思いますか?
界:ずっと集中できていたと思います。「一球も気を抜かないで撞く」というのが今回のテーマだったのでそれだけは実践しようと。いつもは1試合終わるごとに動画で自分のプレーをチェックするんですけど、今回は大会中は全くそれをせず、毎日丁寧に撞くことだけを心掛けていました。おかげで集中できました。日本に帰って来てから動画を見たら、思ってた以上にひどい試合もありましたけど……(笑)。それと、今回は日程が短縮されていて(※男子との同時開催ではなかったため)、1日2試合の日もあったんですけど、その方が自分の気持ちと状態を整えやすかったですね。1日1試合だけだと、例えばテーブルコンディションやショットの感覚を掴めたと思っても、翌日全然変わっていてイチからやり直しってこともあるんですけど、今回はそのあたりが途切れることが少なかったと思います。
――今回、ハンジウン、イムジョンスク、キムボミ、キムミナなど、実績豊富な韓国選手と立て続けに当たりました。相手の名前に臆することはなかったですか?
界:それは全くなかったです。今年から『Hana Card』の一員としてチームリーグに出させていただいているおかげでチームプレイヤーとしての意識が芽生えて、個人戦でも対戦相手を「◯◯チームの選手」として見るようになりました。今回も「よそのチームの人には負けられない」という気持ちもありました。
――ラウンド16以降の4試合は相手に1セット先行されましたが、全て逆転勝利を収めました。
界:ラウンド64(vs ハンジウン)以外は全部相手にバンキングを取られてしまい、それで相手に先に主導権を握られました。でも、焦ることはなかったですし、「2セット目は絶対取り返す」という気持ちでやってました。
――今までの最高成績はベスト8が4回。今回、初めて準決勝(vs パクダソン)と決勝戦(vs キムミナ)を撞きましたが、緊張感は?
界:意外と緊張しなかったです。PBA以外の国内外の大会で準決勝や決勝戦を経験していますし、今回は最終日は特に気合いが入っていて集中できてました。痺れる試合という意味ではベスト8(vs キムボミ)が一番でした。強い相手ですし、ベスト8は3セット先取と(決勝戦の4セット先取に比べると)短いので緊迫感がありました。正直、最後の方は自分がどうやって勝ったのか覚えてないぐらいです。後で動画を見て「ひどいな」と思った試合がこれです(笑)。
――決勝戦も落ち着いていた?
界:一番落ち着いていた気がします。やはり4セット先取になると気持ち的には結構違います。私はテーブルや球のコンディションに合ってくるのが遅れることがあるので、試合の序盤は考えることも多くてリズムもあまり良くないです。試合をしながらだんだん合ってきて、撞くスピードもちょっとずつ早くなっていく感じです。
――ということは、ベスト32とベスト16は大変ですね。2セット先取ですから。
界:そう、そこが一番怖いです。私がもたついてる間に相手にバーッと行かれるということが以前よくありました。
――見ている側としては、決勝戦のキーポイントは界プロが11-0で取ってセットカウント2-2に追い付いた第4セットだったのではないかと思うのですが、ご自身ではどうでしょうか?
界:私の中ではその後の第5セットがすごく重要でした。あそこを私が取って先に3-2でリーチをかけたら、きっと相手にとってはダメージが大きいはず。だから、さらに集中を高めて、絶対に取るぞという気持ちでした(※実際に界プロが3-2とした)。
――最終第6セットは互いに当てあぐねる時間帯もあり、痺れる展開になりました。
界:お互い1、2点ずつしか当てられなくなってましたね。決勝戦のキムミナに限った話ではないですけど、相手は皆上手いので、こちらがアンドセーフを撞いても当てられたり、そこからランを出されることもよくあります。それで負けるのは悔いが残るので、特に決勝戦は変に力を加減したりキューを抜いたりしないで、オフェンスに徹しようと思ってました。結果最終セットも私が外してしまって相手にチャンスを与えてしまうこともありましたけど、今回は大きなランを出されることはなかったです。
――優勝を2回経験しているキムミナですが、球を外して肩を落とすシーンもありました。
界:後で映像を見て彼女の様子を知りました。試合中は自分のことだけに集中していたので全く気付いてなかったです。「1球も気を抜いた球を撞かないで、一歩も下がらずに攻撃しよう」とだけ考えてました。あと、会場に緒里恵ちゃん(肥田緒里恵プロ)がいてずっと応援してくれたことは気持ち的に大きかったです。
――肥田プロは何度もTVカメラに抜かれていましたね。
界:ええ。私が球を外して席に戻って会場のモニターで自分のリプレイを眺めるたびに、緒里恵ちゃんのちょっと悲しそうな顔が映っていて。それを見てちょっと和んだというかリラックスできました(笑)。やはりよく知っている人が会場にいるとだいぶ気持ちが楽になります。緒里恵ちゃんだけじゃなくてHana Cardのチームメイトもそうです。チームリーグプレイヤーになると、これだけ仲間からの応援や拍手がすごいんだというのを改めて感じました。
――上がりの1球はテケテケでした。難しい球なのではないかと思いましたが、見事に当てました。
界:他にも取り口はありますけど、私は「テケテケ、きた!」と思いました。空クッションは割と得意なので迷いはなかったです。「ショットスピードを上げて押し回転をかければ当たるな」と。あとはとにかくミスショットをしないこと。キューを右とか下に出したりせず、「真っ直ぐ真っ直ぐ」と自分に言い聞かせてました。手球を撞いた瞬間に「当たった!」と思いました。
――今大会、界プロが空クッションで当てた回数は48回。LPBA最多記録だとのこと。
界:空クッションが得意になったのは島田さん(島田暁夫プロ)のおかげです。若い頃私は島田さんのお店(東京『亀戸ルパン』)にいて、島田さんの球を見たり教わったりしてきました。島田さんは自由な発想で撞く方で、難しい配置もよく空クッションで当てるんですけど、若い時からそれをずっと見てきているので、空クッションのイメージはとても良いです。島田さんにも感謝しています。
――ワンモアが当たった瞬間の気持ちは?
界:他の試合で優勝した時と同じで「やった~!」という感じでしたね。でも、いざ表彰式でコメントを言う時になったらもう……家族や支えてくれた方々のことがブワッと一瞬で思い浮かんで涙腺が緩んでしまいました。
――界プロはLPBA初年度(2019-2020シーズン)の第5戦から参加。コロナ禍で出場できなかった時期もありましたが、今5シーズン目を戦っています。初優勝までの道のりは長かったと思いますか?
界:長かったですね。色々なことに慣れるのに時間がかかったし、LPBAには上手い選手がたくさんいるので、もちろん毎回優勝を目指して行っているんですけど、成績を残すのは大変だなと思いました。チームリーグが発足してからは、そこに参加しているプレイヤーはさらに上手くなっている印象がありました。
――チームリーグプレイヤーは個人戦だけに出ているプレイヤーより実戦経験を積めると。
界:そうですね。PBAの舞台で撞き慣れているかどうかは個人戦にも大きな差となって現れると思います。PBAのテーブルは特殊で難しいからなおさらです。実際、今まで私はベスト8あたりで何度もチームリーグプレイヤーに競り負けてきました。今シーズンから私もチームリーグに参加していて、まだそちらでは良い成績を挙げられてないですけど、「やっぱりこの経験は大きいな」と感じました。
――PBAのテーブルに慣れるのに時間はかかりましたか?
界:かかりました。日本のテーブルよりもクッションが硬くて速いので、バタバタとかハタオリの動きがイメージと全然違うし、普通の箱玉を撞いて外すこともあります。最初の頃は「なんでこれが外れるの?」「どうやって練習しよう」って混乱してました。お店(東京『MARS』)のテーブルのクッションをPBA仕様のものに変えたりして、練習環境を整えるところから取り組みました。
――LPBAのルールはUMBのものとは少し異なります。空クッションが2点だったり、初球が27通りあったり。
界:空クッションはさっきも言ったように得意な方なのでまだいいんですけど、PBAの初球はとても難しいと思います。配置がたくさんある上に、それぞれテーブルコンディションに合わせてジャストスリーやファイブクッションや空クッションなど複数の取り方が考えられる。その全てを頭に入れて練習しています。でも、その練習は初球以外の球にも応用が利くのでやって良かったですね。
――今はないですが、以前LPBAの初めの方のラウンドは4人撞きの「サバイバルラウンド」でした。
界:苦戦しましたね~(笑)。イニング制じゃなくてタイム制なのでいつ誰のターンで終わるのか予測しにくいし、何点取れば誰を逆転できるとかも初めのうちは全く把握できてなかったです。だんだん慣れてきてサバイバルを抜けられるようになったなと思ったら、サバイバル自体がなくなって(笑)、次はラウンド64が2先のセットマッチに。それはそれで全然雰囲気が違うし、ゲームが短いのでまたしばらく苦労しました。その後ラウンド64が25点ゲームになってちょっと気持ちが楽になりました。でも、今もラウンド32とラウンド16は2先のセットマッチなので、そこの戦い方は難しいなと思ってます。セット数が多くなる方が「後半追い込み型」の自分としては戦いやすいです。
――昨年LPBAで肥田(緒里恵)プロが優勝し、東内(那津未)プロもそれに続きました。この2人の活躍は刺激になりましたか?
界:もともと2人が上手いことはわかっているので、刺激になったというより、優勝を祝福する気持ちでした。特に緒里恵ちゃんが優勝した時は本当に私も嬉しかったですね。緒里恵ちゃんが目のこと(網膜剥離)で大変だった時期を知っていますし、一足先にチームリーグに参加して、そこで苦労していたのも見ていて心配していました。もっと言えば、20代の頃から一緒に海外遠征にも行ってますし、常に切磋琢磨できるライバルであり戦友だと思っているので、緒里恵ちゃんの優勝は心から喜びました。
――「次は自分が」というふうにも思っていましたか?
界:「チャンスがあればいつか私も」とは思っていました。レベルが高いので簡単ではないですけど、「ベスト8の壁を越えられたらひょっとしたら……」と。
――今年からHana Cardの一員としてチームリーグにも参加しています。どんな経緯で決まったんですか?
界:昨シーズン後半にチームの方から「メンバーに選ばれる可能性があります」というお話をいただいて、まず夫(JPBFプロの界敦康)に相談しました。子供がいてお店もありますけど、競技者としてまたとない機会なので、「こういうチャンスは二度と来ないかもしれないので、まず1年やらせてもらえないか」と伝えて。家族も理解してくれたので、見切り発車的に「やってみよう!」と。
――実際にチームリーグに参加してみていかがですか?(※取材時〈2023年9月上旬〉Hana Cardは全9チーム中の6位タイ)
界:もう2ラウンド終わったんですけど、まだ全然活躍できてなくて……。チームで戦う方が個人戦よりもプレッシャーが大きいし、かなりのショートゲームなので自分のスタイルや力を発揮できてないです。チームリーグに出ているほとんどのプレイヤーがすでに1年~3年経験していてチームリーグの雰囲気や戦い方に慣れてる印象で、皆スイスイ撞くんだけど、私はもたついてしまってそのまま試合が終わる、みたいな感じです。「チームのためになってるのかな」「早く慣れなきゃ」と結構悩んでます。そんなタイミングで今回個人戦で優勝できたので、チームメイトやチーム関係者も少しは安心してくれたんじゃないかと思います。
――チームメイトからアドバイスをもらったりもしますか?
界:はい、キャプテンのキムビョンホから教えてもらったり、ベトナムのグエンやトルコのチョクルから教えてもらったり。皆トップ選手なんですけど、それぞれスタイルが違っていて言うことが違うこともあるので混乱する時もあります。とりあえずいつもメモは取っているので、日本に帰って来た時にそれを見ながら復習しています。今回の試合中でも教わった球が何度か出てきたので、「キャプテン、できたよ!」みたいな瞬間もありました。
――Hana Cardには金佳映(キムガヨン。元9ボール世界チャンピオン。現在はLPBAのトッププロとして活躍中)もいますね。
界:彼女、めちゃくちゃ優しいんですよ。試合だけを見てると近寄り難い感じもあるし、周りから「キムガヨンって怖くない? 大丈夫?」とか言われるんですけど、普段の彼女はすごく優しいし、いつも仲間のことを気にかけてるし、なにかと私のこともフォローしてくれます。自分自身に対しては妥協がなくて努力を惜しまない。ポケットで世界選手権者になっているし、LPBAでも結果を出している。でも、仲間にはとにかく優しい。ほんと彼女には尊敬の念しかありません。そして、シンジュンジュとキムジナも良い人で、私は素晴らしいチームに入れてもらったなと思います。
――今後の目標は?
界:やっぱりLPBAツアー(個人戦)で1回だけの優勝じゃなくて、2回3回と優勝したいですし、シーズン最後の一番大きな『LPBA Tour World Championship』(2024年3月予定)で勝ちたいです。それと同時に、チームリーグでチームの勝利に貢献できる、このチームで優勝することが大きな目標です。9月14日からチームリーグの3rdラウンドが始まるので、チームのためになる活躍をしたいです。
――最後に、応援してくれている方々へのメッセージを。
界:今回の優勝は自分一人の力で成し得たことではありません。たくさんの方々に支えていただき、応援していただいてできたことです。いつもお世話になっているHana Cardの方々とチームメイト、ADAM JAPAN様、Naolly様。そして、PBAを支えているBILL PLEX様、GORINA様、PBAのスポンサーの皆様。素晴らしい大会を運営しているPBAスタッフやレフェリーの方々。最後に、『MARS』のスタッフと仲間たちと、いつも快く送り出してくれる夫と子供たちと妹家族。本当に皆さまありがとうございました。感謝の気持ちで胸がいっぱいです。また良い報告ができるように頑張りますので応援よろしくお願いします」
(了)
Ayako Sakai
1977年2月18日生
福岡県出身/東京都在住
2006年JPBF入り
『Billiards Club MARS』(東京)所属
主な戦績
○ 国内:
2006年『第13回 全日本女子3C選手権』優勝
『レディース3Cグランプリ』優勝1回
『ADAMエメラルドカップ』優勝2回
『W3C Queen Cup』優勝3回
他、入賞多数
○ 海外:
2002年『世界レディース3C選手権 プレ大会(2nd)』準優勝
『世界レディース3C選手権』3位3回(2004、2006、2019)
『アジアレディース3C選手権』3位2回(2018、2019)
2023年『LPBA SY Championship』優勝
他、入賞多数
使用キュー:Adam Japan MUSASHI(シャフトはSolid 8 Max。タップはNaolly)
スポンサー:Hana Card、Adam Japan、Naolly
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