青木知枝・ジャパンオープン初優勝

今頑張らんでどうするん

2023年9月

 

青木知枝にとって

ジャパンオープンは長年

「どうせニューピアに行けない試合」だった。

 

今年初めてニューピアホールで撞く側になり、

そのまま優勝まで突き進んだことに、

なにより本人が驚きを隠せなかった。

 

気持ちの余裕はなかったと言うが、

全身で球を、舞台を、試合を楽しんでいる様子は

ファインダー越しに伝わってきた。

 

仕事にも子育てにも全力投球。

今は第二子をその身に宿している。

ビリヤードに打ち込める時間には限りがある。

自分を叱咤する。

「今頑張らんでどうするん」。

 

向かって行く側の気持ちで戦えた


 

――ジャパンオープン初制覇です。

 

青木:勝てるとは1ミリも思えてなかったです。大会前からいっぱいいっぱいでしたし、初めての会場ってそれだけで精神力や体力を使うじゃないですか。最後の方は限界に近付いているのが自分でわかってました。しかも決勝戦の相手が梶谷さん(梶谷景美プロ)。オーラがすごすぎました。一瞬でも気を抜くと特等席で観客になりそうだったので、気力だけで必死に抵抗していた感じです。だから、表彰式でも言った通り「終わった~」という気持ちが一番大きかったです。

 

――お仕事やお子さんのこともあり、事前の調整や準備も大変だっただろうなと想像していました。

 

青木:ハードスケジュールでした。大会前日(16日。男子のDay1)は娘の運動会に参加して、その後中村こずえプロに誘っていただいて一緒に練習しました。その時もそうですし、大会初日、2日目(最終日)と親しいご家族に娘を預けてましたので、その送り迎えをしたり。3日間ずっと忙しくて体力的にもしんどかったです。

 

――初ニューピアホールは楽しめましたか?

 

青木:それがテーマだったんですけど、実際は楽しめてなかったです(苦笑)。今回ベスト8に進んだ選手のうち過半数が初ニューピアで(小西さみあ、後藤田佳奈、丸岡文子、村松さくら、青木知枝)。「みんな初めてだし、楽しもうね」みたいな話を何人かと控室でしてたんですけど、いざ始まったら私はもう全然で。「た、楽しむって……?」みたいな。

 

――ニューピアのテーブルや試合環境はどうだったでしょうか。

 

青木:ダイヤモンドテーブルは撞きやすかったですし、素敵な台でした。自分の知ってるシステムの通りに球が出てくれていたんで、苦手なセーフティや空クッションも結構決まってくれてたと思います。そして、あの雰囲気にもだんだん慣れていきました。1試合目(ベスト8)が始まった時はどんなお客様が来てるかあまりわかってなかったんですけど、だんだんと客席の様子も見えてきて、「あ、あの人も応援してくれてるんだ」と思いながら撞いてました。

 

――1試合目、ベスト8(vs 平口結貴)は7-2で勝利。

 

青木:ほんとに地に足ついてない状態で、どこを歩いてるかわからないぐらいでした。今回のベスト8のメンバーの中で最近一番よく当たってるのが結貴です。後輩ですけど、ジャパンオープンで優勝してるし(2017年)、ニューピアにも慣れてるからぶっちゃけ分が悪いだろうなって思ってました。だからこそ、向かって行く側の気持ちで戦えたと思います。自分もミスをしてましたけど、序盤は結貴が本調子じゃなくて救われたというか、先に差を広げられたことが大きかったと思います。

 

今日だけは憧れるのをやめましょう


 

――準決勝(vs 丸岡文子)も同じく7-2というスコアでした。

 

青木:ベスト8も準決勝もそうなんですけど、自分では全然スコア差があった感じはしてないです。あやぱん(丸岡プロ)が上手いのもわかってるので、精神状態的にはずっとリードされてるような感覚で、一球たりとも余裕を感じる時はなかったです。常に「外れるんじゃないか」と不安でした。あやぱんが序盤に9番を外したり、セーフティの加減が合ってない場面がありましたけど、それがなかったら負けてたと思います。

 

――そして、初ニューピアで初決勝戦。どんな気持ちで臨んだのでしょうか。

 

青木:今回のジャパンオープンではひそかなテーマがあって、最終日を撞けることになって改めてそれを意識したんです。野球のWBCから影響を受けているんですけど……

 

――それは?

 

青木:大会直前にある方が私にくださったお守りが、WBCの日本代表選手たちが持っていたものでした(善光寺の「勝守龍凰」)。また、WBC日本代表の栗山英樹監督が大会後に「多くの皆さんに野球の楽しさを感じてもらえたと思う」とおっしゃっていて、それを聞いた時、当たり前のことなんだけど目からウロコ状態だったというか。ビリヤードの大会はビリヤードをされる方が見に来ることが多いので、私もどうしても「良い球撞かなきゃ。上手く撞かなきゃ」という気持ちが出てきてしまう。でも、そうじゃなくて「ビリヤードって楽しいね」って思ってもらえるのが一番大切かなと思って。それでカッコつけるのはやめようと思えました。きわめつけは……

 

――何でしょう?

 

青木:決勝戦の前に夫(青木亮二プロ)が「俺、良い言葉知ってんで……『今日だけは憧れるのをやめましょう』」って。それもWBCなんですけど、「まさに!」じゃないですか。ジャパンオープンの決勝戦で相手は梶谷さん(梶谷景美プロ。優勝5回)。こんなにぴったりくる言葉があるだろうかと。たしかに夫に言われるまで梶谷さんに憧れちゃってたなと思いました。

 

――勝つのは自分だと。

 

青木:というよりも、向かって行くだけだなと。梶谷さんの方が上手いのは皆わかってるので、私は上手いとか下手とかじゃなくて誰が見ても一生懸命やってるってわかる球撞きをしたいなって。「優勝するぞ」ではなくて、「できることをやろう」「絶対に後悔しない球を撞こう」って思えてましたね。

 

あの9番スクラッチはパニックになりかけた


 

――決勝戦は接戦でした。目まぐるしい展開の中でも「できることをやろう」という気持ちは揺るがなかったですか?

 

青木:そうですね。5-4までは普通に撞けていたと思います。でも、次のマス(第10ラック)、私がリーチをかける9番を入れてスクラッチして、5-5に追い付かれて。

 

――ああ、あの9番スクラッチ。

 

青木:試合前の2分間練習の時にクッションが立つことや速いことには気付いていて、自分なりに気を付けて撞いてました。あの9番もイメージ通りの撞点でショットできたので、撞き損じたとは全く思ってなくて……なのにスクラッチ。「えっ」って一瞬パニックになりかけました。あそこでそんなミスをしたらだいたい負けるじゃないですか。「これ、ダメなヤツじゃん」って一瞬心折れかけたんですけど、タイムアウトを取って落ち着こうと。「いやいや、まだ終わってないし」と思い直しました。

 

――続く第12ラックは梶谷プロがマスワリで逆転リーチ(6-5)。

 

青木:「ですよね」と。続けて連マスで上がられたら、もうしょうがないって腹は括れてました。ただ、「隠れてても何でもいいから回って来い」って本気で思えてました。心は折れきらずにいられたと思います。

 

――最終第13ラックは何度かターンが移り変わりました。青木プロはロングの1番から取り切り体制に入りましたが、4番→5番→6番への組み立てが上手く行かず、6番でセーフティ。

 

青木:1番がいきなり難しかったし、ずっと手球のイメージは合ってないまま取り切って行って、4番から5番は割り気味に撞かなきゃいけないのに引いちゃって変な形になりました。あれはほんとに涙目です。泣いたら球が見えなくなるから必死でこらえてるぐらい、自分の下手さがつらかったです(苦笑)。

 

――5番をカットで入れたものの6番は入れられる形にならずセーフティ。しかし、きれいに短―短に分けるセーフティをしました。

 

青木:よく撞けたと思います。何年かに一度しか褒めてくれない夫が「あの選択と実行力はえらい」と言ってくれました。

 

――梶谷プロは6番縦バンクをミス。6番はサイドポケット穴前に残りました。

 

青木:6番から7番はほんとに下手でしたね。狭い方(フット側)に出すという選択は良かったんですが、撞点とショットが間違ってました。新ラシャでの撞き方の知識不足です。夫を含めて多くの方に言われて反省しました。

 

今の自分にしては球を入れられた方


 

――7番はサイドバンクでした。

 

青木:もうエクステンション(時間延長)は使ってたんで、「悩んでるヒマはない」と。手球が止まる前に「バンクがあれば行こう」と思いながらテーブルを回ってました。セーフティもちらっとは考えたんですけど、「あっダメだ。良いのが思い付かない」って瞬時に判断して、バンクを狙う時間にあてました。バンクが得意な人はさらっと撞ける形かもしれないですけど、私は得意じゃないので先球が入るかどうかは半分賭けでした。「入って~!」って祈りながら撞きました。

 

――7番が入り、手球は9番に厚く出ました。ゲームボールは緊張しましたか?

 

青木:えげつないぐらい(笑)。ダイヤモンドテーブルはサイドポケットが狭めですし、少しキューの角度も付いてたんで、いつでも飛ばせる(外せる)球でした。私は身体が動きやすいんで、「動くな~」とだけ唱えながら撞きました。

 

――改めて、今大会の勝因はなんだったと思いますか? 

 

青木:全体的にあれだけ下手な球を撞いていながら勝ち進めたのは、ポケットも激甘とかじゃないし、ちびりながらやってたんですけど、今の自分にしては球を入れられてた方だったんだろうなと思います。特にニューピアのテーブルは新(さら)ラシャなんで、先球のスピードを意識して「とりあえず外すなよ」と思いながら撞けたと思います。それと、いつも私の試合の時は会場をお散歩して誰かとお喋りしている夫が、今回の最終日はずっと傍らにいてくれました。ラックの合間やタイムアウト中も「落ち着いてやれば大丈夫や。勝てる」と言い続けてくれたのはめちゃくちゃ心強かったです。

 

――今までジャパンオープンという大会は青木プロの中でどういうものでしたか?

 

青木:「どうせニューピアに行けない試合」です(笑)。ずっと「いつか絶対あそこで撞くんだ」と思い続けてましたが、どうせあの舞台を私は眺める側なんだろうなって。

 

――では、初めてニューピアで撞いたのにいきなり優勝できてしまったという驚きもありますか?

 

青木:驚きしかないですね、夫婦でひたすらびっくりしてます(笑)。でも、これはオカルトですけど、去年『東海レディース』を勝った時と日付が全く一緒で(9月18日)、プロ初優勝が9月で(2016年9月『全日本女子プロツアー第3戦』)、『北陸オープン』優勝(2017年)は10月と、全部秋に集中してるんです。だから、ジャパンオープンが9月に移ってくれたおかげで勝てたのかなって(笑)。そして、『北陸』優勝の時も男子の優勝者は智也くん(飯間智也プロ)だったこと、あの時第一子を授かって妊娠5ヶ月だったことも今回と同じなんです。智也くんも「そんな偶然ある?」ってめっちゃ笑ってましたけど(笑)。

 

観てくださった方の心が動く選手であり続けたい


 

――ええっ! 6年前と同じって……今第二子がお腹に??

 

青木:そうなんです。自分からはあまり言ってなかったんですけど、大会初日に周りの方に結構気付かれたのでお伝えすることにしました。なので来年はまた産休育休に入るので、「今頑張らんでどうするん」と思ったし、お腹の子からもパワーをもらえたと思います。

 

――ジャパンオープンと全日本選手権という国内トップイベントの覇者は限られた数名しかいません。そこに名を連ねる喜びもありますか。

 

青木:今だいぶ湧いてきてます。めちゃくちゃありがたいことですけど、返信が追い付かなくなるほどLINEやメッセージが来たのは初めてで、それだけ大きなことをしたんだなと感じています。

 

――これからどんなプレイヤーでありたいと思いますか?

 

青木:さっきも言ったことですけど、観た人に「楽しそう」と思ってもらえるプレイヤーです。今回たくさんの方から「感動した」というのと「(激戦を観続けて)疲れた」という言葉をいただきました。どんな形であれ、そうやって人の心を動かした……と言ったらおこがましいですけど、心が動くようなプレーをして、ビリヤードって楽しいんだなとか、ちょっと離れてたけどまたビリヤードやってみようかなとか、そんなふうに思えるきっかけになれたらいいなと思ってます。実際今回もそう言ってくださる方がたくさんいました。もちろん私自身もっと上手くなりたいし、本当は梶谷さんみたいにあんなオーラを出しながらかっこよく撞きたいです。でも、今の私にはそれはまだ難しいので、勝っても負けても、私の球でも表情でも撞いてる姿でもなんでもいいので、観てくださった方の心が動くような選手であり続けたいです。そう、実は今私、バンドもやってまして……。

 

――ええっ! なんのバンドですか? パートは?

 

青木:山口百恵さんのトリビュートバンドで歌ってます(笑)。他のメンバーは全員ビリヤードを全く知らない方たちなのに、ルールを調べたりしながら中継を観て応援してくれてました。それも嬉しかったですね。普段のバンド練習も私の試合などに合わせてスケジュールを調整してくれて感謝ばかりです。

 

――最後に応援してくれている方へのメッセージを。

 

青木:一言で言うと感謝しかありません。スポンサー様、お店の皆様、ファンの皆様、大会協賛企業の方々、運営スタッフの皆様、そして青木家が家族ぐるみでお世話になっている方々。今回は今までで一番たくさんの方を巻き込んで勝ち得た優勝だと思うので、本当に感謝しかありません。皆さんからのサポートや期待に、またこういう形でお応えしたいと思っています。ありがとうございました!

 

(了)

 

青木知枝 Chie Aoki

1984年1月29日生

JPBA44期生

愛媛県出身・埼玉県在住

2016年『全日本女子プロツアー第3戦 in 富山リボルバー』優勝

2017年『北陸オープン』優勝

2022年『東海レディースグランプリ』優勝

2023年『ジャパンオープン』優勝

他、入賞多数あり

使用キューはMUSASHI(ADAM JAPAN

使用タップはNISHIKIブラックH

所属店:『Link』

スポンサー:ココカラダ、インフィニティバランス、ねこるんのビリヤードチャンネル

 

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