〈BD〉「出会いと別れ。キューの場合」――Detective “K” episode 04

 

オレの名は、K。探偵屋だ。

 

だから皆オレのことをDetective "K"と呼んでいる。

 

ビリヤードの道具、キューの調査なら任せてくれ。

 

秋も深まった。

空気が乾燥してシャフトの滑りもバッチリな季節だ。

 

ぷるぷるぷる……・。

 

今月も、BDからの電話だ。

「出会いと別れについて調べてもらえますか?」

 

ん? 離婚相談か、浮気調査か?

そいつは専門外だぜ。

 

「……Kにはキューのことしか依頼しませんよ。

 

プレイヤーとキューの出会い、

そして別れについて、です」

 

なるほど、さては寒くなって、

人肌が恋しくなったな、BD。

 

「違いますって!」

 

わかった、オレはキュー探偵。

引き受けるぜ、その依頼。

 

*****

 

ビリヤードプレイヤーは、

キューなくしては成り立たない。

 

キューは、自らの意思を手球に伝えるための

分身であり、ゲームの行方を左右する存在だ。

 

従って、キューを選ぶために

考慮すべきポイントは実に多い。

 

長さ、重さ、シャフトのテーパーと先端径、

バットの材料やデザイン、グリップの材料

などなど、挙げればキリがないな。

 

*****

 

ところが、

プレイヤーにキューとの出会いを聞いてみると、

たいていはそれらのポイントを

いちいち判断して選んでいないことがわかった。

 

直感か、または成り行きだ。

 

新品キューは、試し撞きができないことが多い。

それが高価なカスタムキューで、

一本物であればあるほど、試せない。

 

不合理だが、業界の掟のようなものだ。

同じものが2本となければ仕方ない。

 

素振りしてみて、フィーリングが合うか、

デザインが気に入るかを「感じて」、

「イケる」と思えば購入を決断する。

 

ま、お見合い結婚のようなものだな。

 

また、「一目惚れ」ということもある。

 

カタログやショップ、展示会でひときわ輝くキュー。

 

その存在を知ったとたん、

頭から離れなくなってしまう。

 

出会ってしまったら、細かいことはどうでもよい。

とにかく「欲しい」のだ。

 

キューとの出会いは、十分試すこともせず、

第一印象で「コレだ!」と思うか、

他のプレイヤーの勧めや評判を聞いて

選んでいるんだな。

 

*****

 

選んだキューに初めてチョークを塗り、

撞くときの高揚感。

 

キューの特性を確認しつつ、

自らを合わせてゆく濃密な時間とプロセス。

 

勝負どころで助けられたり、

簡単なショットで裏切られたりしながら、

キューもプレイヤーも成長してゆく日々。

 

タップを交換した結果、キレの良いショットが

出来るようになった驚きと喜び。

 

シャフトに染み込んだチョークや手汗、

バットのキズやヘコミも含め、

思い出が詰まっている。

 

緊張感に包まれた最初のショットから、

ゲームボールを沈めた最後のショットまで、

長年のプレーを通じて唯一信頼を寄せる存在、

 

それをプレイヤーは「愛キュー」と呼ぶ。

 

*****

 

しかし、長年かけて信頼関係を築いた

愛キューとの別れは、やってくる。

 

愛キューを上回る存在が目の前に現れるか、

愛キューの性能に限界を感じるかのどちらかだ。

 

キューの世界は、誘惑が多い。

 

今のキューがベストと信じていても、

より高価、より凝ったデザイン、

よりコントロールしやすいキューが

無数に存在することを

プレイヤーはわかっている。

 

「他人のものより、優れたもの」を

求める気持ちが無意識の中に潜んでいる。

 

だからクルマと同じで、モデルチェンジ、

ニューモデルには敏感に反応する。

 

「密かに」憧れていたキューが目の前に現れたら、

気持ちが揺らぐ。

 

新たなキューに出会ってしまうと、

それまで一番、と思っていた愛キューが

急に色褪せたものに思えてしまう。

 

*****

 

もし新しいキューを手に入れたら……

 

という自問自答に対して、

具体的なイメージが湧くのであれば、

買い替えの時だ。

 

その気持ちを持ってしまったプレイヤーに対する、

愛キューの反応は二つに分かれる。

 

意に反したショットばかりになるか、

それまで出来なかったショットまで

出来るようになるかだ。

 

プレイヤーは、その時初めて愛キューには

意思があることに気付く。

 

築き上げた信頼関係はどうなるの?

 

これ以上に、

あなたが良いショットができるようになるの?

 

魅力的なデザインや銘木を纏ったキューは、

あなたに似合うの?

 

様々な問いかけが愛キューから投げかけられてくる。

 

それでも買い替えるのであれば、別れがやってくる。

 

その後はどうなるかって?

 

直観か、成り行きで新たなキューを選ぶ。

 

そう、結局最初に戻るんだ。

 

プレイヤーでいる限り、

同じ出会いと別れを繰り返すのさ。

 

この輪廻からは、決して解脱できない。決して。

 

*****

 

今回はちとマジメに取り組んでみた。

 

ナニ? K、オマエはどうなのかって?

 

ま、輪廻が短いサイクルで巡っている状態だな。

 

よって、愛キューは、

オレの期待に応えるより、裏切ることの方が多い。

 

だから未だにヘタレなんだって?

 

そうかもしれん、因果応報だな(笑)。

 

またなんかあったら調べるぜ。よろしくね、BD!

 

(to be continued…) 

 

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Detective “K”――ディテクティブKについてはこちら。 

 

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