オレの名は、K。探偵屋だ。
だから皆オレのことをDetective "K"と呼んでいる。
ビリヤードの道具、キューの調査なら任せてくれ。
新しい年を迎えたが、探偵の仕事は変わらない。
つまり、ヒマだ。
ぷるぷるぷる……。
うん? 新年初、BDからの電話だ。
「キューの保管方法について調べてもらえますか?」
あ? BD、そいつはあまりにフツーだぜ?
使わない時はしまっておくんだ。
「そんな答えは期待していませんよ。
多数のキューを所有するコレクターにとっての、
完全無欠な保管方法です」
なるほど、本数が多くなればなるほど、
貴重なキューも増える。
それをどう保管するのか、だな。
「……なんだか今年は、
物わかりが良くて助かります」
わかった、オレはキュー探偵。
引き受けるぜ、その依頼。
*****
キューの主な材料は「木」、天然素材だ。
おまけに、貝殻や石、
金属やプラスチック、皮革など、
木材とは異質なパーツが組み合わされている。
それゆえ、環境の変化、
特に温度と湿度には敏感だ。
キューの曲がりや収縮という
変化を抑えるためには、温度と湿度が
一定の環境に保管するのが理想だ。
キューケースに収納して保管することは、
キューを環境変化から守る、
という点で理屈に合っている。
*****
数十本のキューを保有するコレクターは
ケースの数もそれなりに必要となる。
ケースの数を節約し、整理しやすくするため、
コレクターは大容量のキューケースを好む。
「大容量」とは、正確な定義はないが、
まぁ10本以上のキューが収納できるものと
考えればいいだろう。
ケースのサイズは、バットとシャフト
それぞれの収納数で表示する。
例えば、16本のバットと32本のシャフトなら
”16x32”と表す。
それに従えば、
24x48、32x64、48x96などのケースがある。
もともとこれは、
キューメーカーやキューディーラー向け、
つまり業務用だ。
肩に担いで球屋に行くことは、
もとより想定していないシロモノ。
コレクターは、
保管を目的としているから問題ないんだがな。
この手のケースを見ると、
コレクターは「中に何が入っているか」を
想像してコーフン……いや違った、
ワクワクするものさ。
*****
しかし、
それでは不十分と考える連中がいる。
数百本を所有する
アメリカのビッグコレクターたちだ。
ヤツらのスケールはハンパじゃねぇ。
居間の壁にキューラックを取り付けるなんて、
ヤワなもんじゃねぇ。
コレクション収納用の部屋を作ってしまうんだ。
あるコレクターは、
環境変化を最小限に止めるため、
温度はおよそ22℃、湿度は45%前後に保つよう
空調設備を持つ保管室を作った。
また、別のコレクターは
特注のショーケースを作り、
電動で回転するキューラックを中に入れた。
一定の方向に力をかけ続けていると、
キューは曲がることがあるから、立てて保管し、
かつ少しでも動きを与えるのは良い発想だ。
しかも凝ったデザインのキューを、
全方向から鑑賞することも出来る。
広い土地の広い家だからこそ、
可能な保管方法だな。
ナニ?
それだけの設備を整える金があったら、
買いたいキューが山ほどある?
ふっ、
そんなことを考えているうちは、
ビッグコレクターにはなれないんだ(微笑)。
*****
それでも、それが究極の保管方法か?
といえば、そうじゃねぇ。
高価なキューのセキュリティまで
考えているコレクターもいるんだ。
わずかな本数であればどうとでもなるが、
多数のキューを守るためには工夫がいる。
手っ取り早いのが、
自宅以外の安全な場所に保管し、
その所在を明らかにしないこと。
キューの価値がわかるのは、
キューに詳しい知り合いだからな。
自宅に置くことのリスクはわかるだろう。
日本でも、マンションの一室を
丸ごと保管スペースとして、
一定の環境に維持しているコレクターがいた。
もちろん住所非公開でな。
この方法のデメリットは、
保管しているキューを
すぐには手に出来ないことだ。
自宅の隣だったら意味ないからな。
*****
では、究極の保管方法はあるのか?
空調を備え、思い立ったら
すぐに取り出すことが出来て、
かつセキュリティ万全な部屋は可能なのか?
それが存在する。
アメリカの某ビッグコレクターは、
家を改築しキューコレクションルームを作った。
部屋自体が金庫仕様で、
防犯・防災対策が施されている。
しかも特に貴重なキューは、
2000年代半ば、ごく少数だけ製作された
キュー専用金庫を購入し、
そこに入れているので、
二重に保護されている。
通常のキューコレクターが持つ
大容量ケースもあるが、
あくまでも運搬用と割り切っている。
キューケースは1x2を大量に購入し、
一本ずつ保管しているんだ。
「大切なキューには、
それぞれに合わせたケースを用意して保管。
プレーするなら、そのケースごと持ってゆく」
ということらしい。
オレも一度だけ招かれて中に入ったが、
それは夢のようだったな。
そのキュー金庫部屋に閉じ込められたとしても、
1か月ぐらいは平気だ。
仮にそこで息絶えても本望だと思ったぜ。
*****
このようにキューの保管には、際限がない。
完璧を期しても、
キューに使われている塗装や材料自体が、
時間の経過とともに変化することは避けられない。
結局のところ、
キューにとって一番良い保管方法は、
「プレーに使うこと」だ。
道具として作られている以上、
使わないことが実は一番よくない。
大切なキューであればあるほど、
実際にそれで球を撞いて、
感触を確かめ、プレーを楽しむこと。
「プレーを通じて、キューに命を吹き込む」
ことこそ、究極の保管方法だとオレは思う。
それがわかっていながら出来ないのが、
コレクターの因果なところだがな。
またなんかあったら調べるぜ。
よろしくね、BD!
(to be continued…)
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