オレの名は、Ｋ。探偵屋だ。
だから皆オレのことをDetective "K"と呼んでいる。
ビリヤードの道具、キューの調査なら任せてくれ。
3月は別れの季節。
卒業式やら転勤やらで、
玉屋の常連だったプレイヤーが姿を消すことも多い。
ちとさみしいが、それもまた人生だ。
ぷるぷるぷる……。
ふっ。今月もBDからの電話だ。まいどありぃ！
「K、3月になりましたね。
年度末決算店じまい、今回が最後の依頼です」
……はい～？ ……クビ？（驚）
「4月からは新学期、新年度。
新しい酒は新しい革袋に、ですよ」
は～……（涙目）。で、今回の依頼は？
「キューの材料と言えば、木材。
いろいろな銘木が使われていますが、
その中でも、シャフト材としては代表的な木で、
バット材としても人気のある
『メイプル』について調べてください」
BD、最後にぶち込んできやがったな。
そのテーマは非常に奥が深いぜ。
連載3回どころか10回は続けられ……、
「わかってますよ。
でも『キュー探偵K』は最後ですから、
1回でまとめてくださいね」
ガチャ、ツーツーツー……。
なんてことだ、BD。
切り捨てるついでに、
デカい調査を押しつけてきやがった。
わかった、オレはキュー探偵。
引き受けるぜ、その依頼。
＊＊＊＊＊
キュー製作に最も使われているのは、
「メイプル」材。
スヌーカーキューに多用されるのは
「アッシュ」材だが、それは脇に置いておく。
メイプルは日本語で「カエデ」と呼ばれることもある。
キューに使われるメイプルは、
日本で見かけるカエデとは違う。
学名「Acer saccharum」。
日本語では「サトウカエデ」と呼ばれる樹木だ。
メイプルシロップが採れるから付いた名前だな。
カナダの国旗中央に描かれている葉は、
このメイプルをモチーフにしている。
アメリカ北東部の五大湖周辺や
カナダ東部にかけて広く分布する樹木。
樹高は20メートルから40メートルに達する。
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このメイプル、北米では、
実に多くの名前が付けられている。
カナディアンメイプル、シュガーメイプル、
ハードメイプル、ロックメイプル、ピアノメイプル等々……。
どこでどう間違ったのか、
ハードロックメイプルとも呼ばれる。
たぶんこれはカナダのハードロックバンド、
バックマン・ターナー・オーバードライブに
よる影響で（以下略）
ここでは「ハードメイプル」と呼ぶことにする。
木の肌は稠密で、木目はさほど目立たず、
下穴を空けずに釘を打つのは困難なほど硬い。
家具やギター、バイオリンなどの楽器、
ボーリングレーンやピン、体育館の床、
野球のバットなどに使われていることから、
その質感が想像できるだろう。
＊＊＊＊＊
「道具を指で挟んで滑らせる」のは、
他のスポーツにないビリヤードの特徴。
ポケットやキャロムビリヤードキューのシャフト材、
これはプレデター『REVO』登場まで、
ハイテク・ノーマル問わず、ほぼ100%、
ハードメイプルが使われてきた。
理由はいくつかある。
まず、入手しやすいこと。
北米に広く分布し、
アメリカのキューメーカーにとっては国産材。
幅広い用途に使われるため、供給量が豊富だ。
次に、シャフトに適した特性を持っていること。
簡単には折れず、適度なしなりを持ち、
滑らかに仕上げられ、ささくれ立つこともない。
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更にもうひとつ、ハードメイプルが選ばれる理由。
それは、美しい杢目（もくめ）が
表れることがある材だからだ。
杢目とは、木の繊維の並びかたによって、
製材された木の表面に見えるさまざまな模様のこと。
・バーズアイメイプル（鳥眼杢）
ハードメイプルの成長過程で、
細菌が感染することによって生じる杢目とされ、
ごくまれにしか採れない。
・カーリーメイプル（巻き杢）
木の繊維が規則的にうねることで表れる、
さざ波のような模様の杢目。
これもハードメイプルでは比較的珍しい杢目だ。
キューにこのようなメイプル材が使われ出したのは、
おそらく1950年代。
カスタムキューメーカーの草分け、
ハーヴィ・マーチンあたりが元祖だと思う。
美しい杢目のハードメイプル材は、
カスタムキューならではの贅沢、というわけさ。
＊＊＊＊＊
しかし近年、
美しい杢目のメイプル材は調達が難しくなってきた。
それを解決したのが、
90年代に広まった「メイプルコア」の手法。
バット材をくり抜き、
その芯にハードメイプルの棒材を入れることで
強度や重量、しなり具合をチューニングする構造だ。
メイプル材の芯が振動の伝達や強度の大半を受け持つから、
外側のバット材は、どのような木材でも構わない。
キューメーカーが目を付けたのが「ソフトメイプル」。
比重がハードメイプルより小さく、
弾性や耐久性がやや劣るため、
シャフト材はもちろんバット材として適切ではない。
ところが、これらは見た目ハデなカーリー杢や、
キルテッド杢というさらに複雑な杢目が
出やすいという特徴がある。主に以下の材だ。
Acer sacharinum シルバーメイプルまたはソフトメイプル
Acer rubum レッドメイプル
Acer pseudoplatanus ホワイトシカモア
これらの木材は、厳密に言えば、
ハードメイプルとは異なる樹種なのだが、
キューメーカーは「メイプル」で
ひとくくりに呼んでいることが多い。
ま、だまそうとしているわけではないんだが、
「美しい杢目のメイプル材を使用」
と言われれば、銘木好きな連中はイチコロ。
メイプルの美しさが、
キュー選びの大きなポイントになっているからだな。
＊＊＊＊＊
森林保護、新素材による低コストで品質一定の製品開発、
そして高性能を求めるプレイヤーの心理……。
キューの材料として天然素材が使われる時代が終わるかも、
とオレは時々思う。
しかし、触れたときに冷たさを感じにくいのが木材の長所。
人間のDNAに組み込まれた、
木に対する安心感は簡単には無くならない。
野球のように、プロは木製のバット使用が
義務付けられている競技もある。
メイプル材が果たす重要な役割は、
これからも無くならないだろう。
……終わった……。
最後まで手を抜かないのが、オレの流儀。
それじゃみんな、またどこかで会おう。
ぷるぷるぷる……。
は？ BDから電話……。
なんだクレームか？ 不適切な下ネタは入れてないぞ。
「誰がこれでおしまい、と言いましたか？」
……え？ だって最初に……。
「はい。『キュー探偵K』は最後と言いましたが、
おしまいとは言っていません。
次回から『キュー探偵K シーズン２』開始です。
よりシリアスかつシビアにお願いしますよ」
うひょー♪ そういうことか！ がんばりまーす。
これからもよろしくね、BD！
…………
次回、本当にシーズン2があるのか……!?
今しばらくお待ち下さい。
Detective “K”についてはこちら
…………
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