〈BD〉ブスタマンテのキャリア最高の瞬間とは? 動画インタビューを読む

 

先日紹介した、

F・ブスタマンテ(フィリピン)の

「この8番、どうする?」は、

多くの方に読んでいただきました。

 

今回ご紹介するのは、

 

ブスタマンテのスポンサーでもある

ドイツの大手ビリヤード用品業者、

『ダイナミックビリヤード』が制作した、

インタビュー動画です。↓

 

 

約20分あり、質問も硬軟取り混ぜており、

彼のキャリアを総括するような内容になっています。

 

収録されたのは2015年。

恐らく今も考えや状況に大きな変化はないでしょう。

 

ブスタマンテは若い頃にドイツ在住歴があり、

今も家族(の一部?)はドイツに住んでいるようです。

 

ブスタマンテはフィリピン訛りの強い英語で

答えていますが、

拾い聞きできた内容を以下に載せておきます

 

(※毎度のことですが、想像で補って

書いているところもあります。参考までに)。

 

…………

 

■プロフィール

      

「私の名前はフランシスコ・ブスタマンテ。

マニラ郊外のタルラック市で生まれた。

 

今51歳だ(※2015年時点)。

 

私には4人の姉妹がいて、男は私だけ。

姉妹は皆結婚して子供がたくさんいる。

父は農家で、母は専業主婦だ。

 

私は犬を3匹飼っていたけれど、

不幸なことがあって亡くなってしまった。

だから今は犬は飼ってない。

 

子供は6人いるよ。

男の子が4人と女の子が2人。

一番上は31歳で、下は9歳。

 

ブスタマンテ家では私だけが

ビリヤードをプレーする。

 

うちの下から2番目の子はビリヤードが好きだけど、

昔の私ほどじゃないね。

 

私は15の時にはそれなりの腕があったと思うけど、

彼は楽しむことがメインだ。

 

彼とはよく一緒にプレーして、レッスンもしたけど、

ちゃんと聞いてくれないんだ(笑)。

 

だから、今は彼の好きなようにさせている。

でも、私がビリヤード場に行く時は

付いて来てくれる。

 

奥さんとはドイツのキール(北部の都市)で出会った。

1991年のことだ。

 

それ以来ずっと一緒にいる。

だからもう24年になるんだね。

奥さんはビリヤードはやらない。

料理など家のことを任せている。

 

もしビリヤードプレイヤーになってなかったら、

私は農家になっていたんじゃないかな。

 

フィリピンはコメやジャガイモなんかが有名だ。

小さい頃はプレイヤーになるなんてことは

考えてなくて、農業に就くのが現実的だった。

 

趣味は、子どもたちとショッピングに行くこと。

ビーチに行くこともある。

 

遠征に出掛けていることが多いから、

そのぐらいしか家族でできることがないんだ。

 

買うものは……

家族や私がその時欲しいものはなんでも。

特にセール品を狙ってるよ(笑)」

 

…………

 

■ビリヤードキャリアの始まり

 

「昔、私の姉が地元の

レストランにいて(働いていて?)、

その隣がビリヤード場だった。

 

初めは軽い気持ちでそこに行って

練習するだけだったけど、

周りの人たちがお金のためにプレーするのを

見るようになった。

 

私はたくさん練習して、人にも教わったりして、

どんどん技術を吸収していった。

 

ビリヤード場のオーナーは、

毎日いつでも私に撞かせてくれたから、

ビリヤードは完全に私の日常になった。

 

ビリヤード場に歩いて行き、接客を手伝う。

その後は自由に練習ができた。

 

オーナーは私からプレー代は取らなかったし、

小遣いをくれることもあった。

あの環境は素晴らしいものだったね」

 

…………

 

■トップ選手への道

 

「13歳の時からよくプレーしていたのは、

ローテーション(フィリピン式ローテーション)。

 

15個のボールを使って、1番から取っていくゲームだ。

 

13歳の時に10個連続で取ることができていた。

その後すぐに15個を取り切れるようになった。

 

ローテーションが一番好きで、毎日撞いていた。

歳を重ねてもやる種目は変わらなかった。

 

当時のフィリピンでは皆ローテーションばかりで、

他はあまりやらなかったね。

たまに8ボールをやることはあったけど、

9ボールや10ボールはやらなかった。

 

私はローテーション育ちと言えるだろうね。

キックショット(空クッション)や

手球コントロールなど、あらゆるスキルを

ローテーションから学んだ。

 

未だにローテーションは

私のベストトレーニングゲームで、

今もキックショットはローテーションから学んでいる。

フィリピンでは皆キックショットが上手いんだ。

 

ビリヤード場に行くと朝10時から

丸一日ずっといるような生活だった。

食事を摂ることを忘れたり、

1度しか食べないこともあったね」

 

…………

 

■海外遠征のベストフレンド

 

「今にいたるまで、友と言えるのは一人だけ。

エフレン・レイズだ。

彼以上の友人はいない。

1991年からの付き合いになる。

 

私はそれ以前から彼のことをよく知っていたが、

一緒になる機会はなかった。

 

しかし、1991年の『ミュンヘンマスターズ』で

一緒に行動することになり、

それ以降、全ての試合に一緒に行くようになった。

 

同じ所に寝泊まりし、よく話をし、

親しくなっていった。

 

彼からはたくさんのことを学んだけど、

彼は私の先生ではない。アイドルなんだ。

 

私は彼のプレーを見て、そこから学び、

時には直接聞くこともある。

そうすると彼はやって見せてくれる。

それでも私にとって彼は先生ではなくアイドルだ」

 

…………

 

■道具について

 

「どんなキューを使うのであれ、

何よりもまず自信を持つことが大事。

慣れてくれば良いフィーリングで使うことができるから。

 

私の道具について言えば、

『Bear Cue』(ベアキュー。ドイツ)という

素晴らしいキューを21年間に渡って使っている。

 

メーカーを信頼しているし、

いつでも快適にプレーできるようにしてくれている。

中でもシャフトを気に入っていて、

このシャフトならやりたいプレーはなんでもできる」

 

…………

 

■これまでのキャリアのハイライト

 

「2010年の『9ボール世界選手権』で優勝したこと。

 

このタイトルをずっと求めていたけど、

長いこと勝てなかった。

2002年にE・ストリックランドと

ファイナルを撞いたけど、負けてしまったしね。

 

2010年にカタールで台湾選手(郭柏成)に勝って

ようやくそのタイトルを獲ることができた。

 

優勝した後は、家族と友達で盛大にお祝いをしたんだ。

皆がハッピーになってスポンサーも喜んでくれた。

素晴らしい時間だった」

 

…………

 

■フィリピンでのステータス

 

「皆、僕のことを知っているよ。

 

テレビで見たという人が多くて、

私が出掛けると、どこにいても、

小さな子どもでも気付いてくれる。

写真やサインを求められることもある。

そんな時は誇らしく思うよ。

 

まるでスーパースターになったような気分に

なれるからね(笑)」

 

…………

 

■キャリアで失望したこと

 

「2002年、9ボール世界選手権

(ウェールズ開催)のファイナルで、

ストリックランドに負けたことだ。

 

大会期間中に、

7ヶ月になる娘が亡くなってしまった。

あれはキツイ経験だった。

 

悲報が届いたのはベスト16を撞く日だった。

マニラから電話があって、

娘が亡くなったと聞いたんだ。

 

大会を棄権して

マニラに飛んで帰ろうかと思ったけど、

家族や知人やスポンサーも、

『戻って来てもあなたにできることはない。

プレーを続けるべきだ。亡くなった子供のためにも』

と言ってくれた。

 

それで私はプレーを続行し、

ファイナルまで勝ち進んだけど、

ツキもなかったし、ミスも多かった。

心ここにあらずだったからね」

 

…………

 

■プレーにおける長所

 

「ブレイクショットだろうね。

以前から私はハードブレイクが得意で、

それが他の人との違いを生んでいた。

今も自信を持っている。

 

たしかに今はお腹も出てしまって、

以前みたいにスーパーハードに打てないけれど(笑)、

今でも十分に強いよ。

 

30歳の頃が一番良かった。

ブレイクを思いのままに打つことができた。

それで皆に恐れられていたんだ。

 

ブレイクもシュートも良くて、

たくさんの試合に勝っていた。

トーナメントではいつも周囲に警戒されていた。

 

試合はそういうものだろう。

勝てば勝つほど恐れられていく。

そうやって私の名前が有名になっていき、

他の人は名前を聞くだけで怖がっていた。

たぶんね(笑)。

 

今の若い選手たちはもう敬意を払っては

くれないけど(大笑)。

 

でも、まだ私は戦えるし、

私が誰かを恐れることもない。

それが大事だと思う」

 

…………

 

■ビリヤードのメンタルタフネスについて

 

「試合に出るならば、

とにかく練習をしなければいけない。

ブレイク、難しいショット……。

 

そして、メンタルについては……

僕らフィリピン人のメンタルの根底には

『リラックス』がある。

 

常に集中しっぱなしじゃない。

長時間集中し続けると精神力が持たなくなる。

 

だからリラックスすることを心掛けている。

そのことを私は

フィリピンの強い選手たちから学んだ。

 

試合は練習をするように。

考えすぎてはいけない。

 

誰でも試合の序盤ではナーバスになるものだ。

特に序盤は攻撃的に行きたいと思うからね。

ただ、数試合(数ラック?)すると

感じ方も変わってくる。

 

そういった経験がプレイヤーを強くする。

 

私自身、

今も『プレーするのは他ならぬ自分だ』

ということを意識しながら撞いている。

相手がどれだけ上手いかは関係ない。

まずは自分ありき。

 

それが今までの経験から培われた私の考え方で、

プレッシャーを感じることはない。

 

相手のことを気にして

上手くいった試しがあるかい?

勝てることなんてないよね。

それは自分が自分に

プレッシャーを掛けている訳だから。

 

私が強い相手と撞く時は、

ただ単に自分がいいプレーをすることだけを

心掛けている。恐れることは何もない。

 

例えば、世界選手権で撞いている時、

私はあの素晴らしいタイトルを

獲得することだけを考えていた。

 

もしあのタイトルを手にすることができたら、

自分自身を誇りに思うことができるし、

その経験がさらに自分を強くするからだ」

 

…………

 

■ニックネームについて

 

「15歳の頃、私はタバコを吸っていた。

悪友がいっぱいいたからね(笑)。

 

くわえタバコでビリヤードをしていたら、

その姿を見た友人が、

『お前はジャンゴみたいだな』と言ったんだ。

 

(※イタリア映画『続・荒野の用心棒』

〈西部劇〉の主人公であるガンマンの名前)

 

それ以来ずっとそのニックネームで呼ばれている。

 

『ブスティ』とも言われるけど、

それはドイツ時代に使われるようになったもの。

 

もともとのニックネームは『ジャンゴ』だよ」

 

…………

 

■現在のベストプレイヤー

 

「今はシェーン・バン・ボーニング(アメリカ)だ。

アメリカの試合で勝ちまくっているから。

 

そして、(フィリピンの後輩の)

D・オルコロとC・ビアドだろう。

 

彼らはまだ若いし、今非常に良いプレーをしている。

 

そして、ヨーロッパ(ドイツ)なら、

J・フィラーの評判はよく聞く。

とても若くてなんでも入れるそうだね。

 

それからN・フェイエンかな。

彼もまだ若いし、よく入れる。

 

その辺りが、

今ホットな選手達ということになると思う。

 

あ、アプルトンも良いね。

いつも彼の名前を忘れてしまうんだけど(笑)」

 

…………

 

■ジャンプショットについて

 

「私にとっては、

ジャンプキューがない方が間違いなく良い。

これは100%そう言い切れる。

 

私はクッション技術に

大きな自信を持っているからね。

誰よりも上手い自信がある。

 

私はジャンプキューは好きではない。

道具でなく技術で戦いたい。

 

ジャンプキューは互いの駆け引きや

セーフティを無にしてしまう。

 

そこはやはり、もっと昔がそうだったように、

クッション技術で決着を付けたいよ。

 

ジャンプキューが当たり前になった今、

何も出来ることがない。

 

それに、

我々(ブスタマンテとレイズのことか?)は、

ジャンプキューは上手く扱えない。

だから最近勝てないんじゃないかな(笑)」

 

…………

 

■将来について

 

「いつかはドイツに戻って来て、

こっちでビリヤードを教えたり、

こちらのリーグ戦(ブンデスリーガ)に

出たりしたいと思っている。

 

90%はこっちに戻って来るつもりだ。

家族はこっちにいるからね。

家族と離れ離れでは生きていけない。

 

これまでの自分のキャリアには納得している。

たくさんの国際トーナメントで勝ち、

世界選手権にも勝った。

他には……なんだろう、

『USオープン』をのぞくほとんどの試合で勝っている。

 

欲しいタイトルはほとんど手にして、

そして今も戦っている。

ここまでの人生には満足しているよ」

 

(了)

 

…………
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