私はDetective K。
ビリヤードキューの調査を引き受ける探偵だ。
周囲からは”K”と呼ばれている。
シーズン3ともなると、
さすがに顔がバレてきた。
有名になるのも善し悪しだ。
春になると、花粉症がキツい。
ちょうど、マスクや花粉症ゴーグルで
顔を隠すには良い季節だ。
ま、それだと玉屋では、
かえって怪しまれるがな。
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ぶるぶるぶる!
BDからメッセージだ。
スルーしたいこともあるから、
シーズン3ではマナーモードだ。
だが、仕事の依頼は必ず読む。
『シーズン2の忘れ物がありますね。』
……えーと、なんだっけ?
『都合の悪いことは、すぐ忘れるんですね。』
……もちろんそう……そんなわけないぜ(汗)。
『シーズン2 episode 06
「”銘”を探せ! 概論」の続き、
つまり、「伝説のメーカーは、
作品に銘を入れる・入れない」
というのが、まだですよ。』
メイ?
トウモロコシを持って迷子になった妹か?
ならばネコ型のバスに乗って探せば……。
『それは某名作アニメの……って、またですか!』
あぁ、やっと思い出した。
オレはキュー探偵Kだったな。
『春はもうそこ。しっかり調査頼みますよ。』
その依頼、引き受けた。
*****
カスタムキューにおける伝説的メーカーと言えば、
ジョージ・バラブシュカ(1975年没)。
そして、ガス・ザンボッティ(1988年没)。
どちらのキューも
「卓越したプレイヤビリティ」
「均整の取れた美しいデザイン」
「数々のロードプレイヤーやプロプレイヤーが愛用」
という評価を得てきた。
それに加え、2人に共通するのは
「気に入らない注文は受けない」
「知らない人には会いたがらない」
「他人を工房内に極力入れない」
という、職人気質。
それぞれ、生涯の製作本数はおそらく
一千数百本程度という希少性と相まって、
ヴィンテージキューの極みとして
高値で取引されている。
*****
ところが、ジョージ・バラブシュカの
作品には”銘”がない。
ガス・ザンボッティは、
晩年の、限られた作品にしか”銘”がない。
よって、特定するのが難しい。
なぜか?
*****
“銘"がない理由は、2人の顧客は大半が
「注文主≒自ら使うキューが必要なプレイヤー」
だったからだ。
メーカー自身が、キューを渡した
プレイヤーを直接知っていれば、”銘”は必要ない。
だが、それよりも自らの作品に対する
絶対的な自信が大きかった、とオレは思う。
「撞いてみれば、それが自分の作品かどうかわかる」
ということだ。
「同じレベルのキューは、
他メーカーには決して作れない」
「違いが分かるプレイヤーにしか渡していない」
つまり、キューメーカーとオーナーの間にある、
信頼関係、相互依存関係が
"銘"を不要にしていたわけだ。
例えれば、広告も出さず、取材も受けず、
看板も出していないのに
予約は一年先までいっぱい、という、
頑固な料理人がいる飲食店のようなものだな。
しかし、1980年代半ば以降、
2人の”銘”にまつわる状況は、
それぞれ全く違った方向に変化する。
*****
ジョージ・バラブシュカ没後、
10年以上経った1980年代末、
突如「バラブシュカの新作」が登場し、
皆をあっと言わせた。
もちろん、本人の手によるものではない。
だが、それらには、
ジョージ・バラブシュカのサインが
”銘"として入れられていた。
実は遺族が、名前を商標として使用する
許可をアメリカの業者に対して与え、
日本で委託生産されたキューだ。
法律的には問題ないが、
「”銘”があるものは、本人作ではない」
という奇妙な状況になった。
ちょうど、空前のビリヤードブーム、
かつバブル景気絶頂の時代。
「バラブシュカ」の実物を見た人間は
わずかしかいない日本で、
それが悲劇というか喜劇を生み出す。
ある日本人プレイヤーが、
アメリカ旅行に行く知人に大金を渡し、
「バラブシュカを買ってきてくれ」と依頼した。
その知人は、キュー知識ゼロ。
アメリカでショップに行って恐る恐る尋ねると、
「在庫がある」との返事。
しかも、渡された現金よりはるかに安い値段。
躊躇なく購入し、差額は自分のポケットに入れた。
帰国後、依頼主にキューを渡したら、
「やはり本物は撞き味が良い。
本人のサインまで入っているし」
と大満足。
実際は安心の日本製キューだから、
撞き味が良いのは当然だ。
その後、この2人の人間関係と、
キューがどうなったのかは知らん。
*****
ガス・ザンボッティは、晩年のキュー、
とくに高価な作品には自分のイニシャルや、
名前を入れるようになった。
それは、新たなタイプの注文主、
売買を目的とした、
キューディーラーやブローカーからの要求だった。
”銘"を入れれば、
キューが誰の作品かはっきりする。
買い手も安心できるというわけだ。
ただ、ガス・ザンボッティ自身は
不本意だったと思う。
心臓発作で亡くなる前日、製作途中のキューに
イニシャルを刻んだのが最後の作業、
というのも象徴的だ。
実は、ガス・ザンボッティ没後、
バラブシュカ同様にその名前を買いたいという
オファーがあった。
しかし、
「ザンボッティの名前は、ザンボッティ家のもの」
と遺族はそれを断り、
息子のバリー・ザンボッティが継いだ。
バリーも当初、ザンボッティの伝統に従い、
作品に“銘"は入れなかった。
その結果、
今度は「ガスとバリー、どちらの作品か?」
という問題が起きた。
特にバリーの作品をガスの作品と騙り、
より高い値段で売ろうとするヤツが出てきた。
オレ自身、まだ駆け出しのころ、
その手の騒動に巻き込まれたことがある。
結局、バリーは1990年代末ごろから、
ほぼすべての作品に”銘"を入れるようになった。
「撞けば自分の作品かどうかわかる」
というプライドはそのままに、だ。
現在、バリー・ザンボッティは
新品も入手可能だが、希少な存在。
コレクターの評価は、父親の作品に劣らず高い。
*****
「バラブシュカの本物は無銘。
ただし無いから本物、とは限らない」
「銘があろうとなかろうと、
ザンボッティはザンボッティ」
これが、2人の”銘”に関する基礎知識だ。
”銘”だけで判断できない、
フェイクやイミテーションが漂う
ヴィンテージキュー世界。
手に入れようとするなら、
十分気を付けることだな。
もし新たな依頼があれば調べるぜ。
よろしくな、BD!
(to be continued…)
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