私はDetective K。
ビリヤードキューの調査を引き受ける探偵だ。
周囲からは”K”と呼ばれている。
前回は『スーパービリヤードエキスポ』
(SBE)現地からの、リアルタイムレポート。
体力を削られ、回復するのに時間がかかった。
仕切り直して、これからも調査を続けて行くぜ。
*****
『ビー・ビー・ビー!』
BDからメッセージだ。仕事の依頼だな。
『SBE、ご苦労様でした。』
礼には及ばん。
だが連日のレポートは疲れたぜ。
『まぁ、それはそれとして、今回の依頼です。
一発屋だったキューメーカーについて
調べてください。』
一発屋か。音楽の世界では
「One Hit Wonder」ってやつだな。
だが、キューを1本作ってオシマイ、
ってメーカーはそもそもダメだぜ。
『わかっています。
ある程度の本数を作り、
名前もそれなりに知られながら、
短期間で消えたメーカーを
調べてほしいのです。』
それなら納得だ。
オレはキュー探偵K。その依頼、引き受けた。
*****
カスタムキューは、
道具であると同時に嗜好品。
キューメーカーは、プレイヤーや
コレクターから選別される立場。
日本でも知られるほどの
アメリカのカスタムキューメーカーなら、
クオリティやデザインなど、
それなりの水準に達していたはず。
それにも関わらず、さくっと、あるいは
ひっそりと消えたメーカーを紹介しよう。
*****
NOVA(ノヴァ)
所在地:ウィスコンシン州ウェストベンド
社長のノバート・ワグナーは、
マクダーモット社が最初期に雇った
スタッフという経歴を持つ。
数人のスタッフとともに、
年間700本程度を製作していた。
ショーンやジョスにも通じるデザインと、
指を刷毛代わりにして仕上げ塗装するほどの
丁寧な作りで品質は高かった。
1990年代後半、日本にも輸入されていたが、
当時は日米でカスタムキューの
デザイントレンドが急速に変化していた時代。
その波に乗れず、
数年後にメーカー自体が姿を消した。
*****
Bella Sera(ベラ・セラ)
所在地:ルイジアナ州シュリーブンポート
所在地を見ただけで「ピン」と来たら、
相当なカスタムキュー好きだぜ。
キューメーカー界の巨匠、
ビル・シックと同郷だ。
ベラ・セラは数人で製作され、
中心人物のウェイン・アンダーソンは、
もともと『It’s George』、
いわゆるジョージケースを製作していた。
ビル・シックとも深い親交があり、
1990年代前半には同名ブランドの
キューも作っていた。
これだけのバックグラウンドがあれば、
良いキューを作れないはずはない。
オレ自身、1本オーダーしようと思ったぐらいだ。
だが、デザインの作風が一定せず、
評価が定まる前に本国で消えた。
*****
Mike Sigel(マイク・シーゲル)
所在地:フロリダ州ウインターガーデン
殿堂入り名プレイヤー、
「キャプテン・フック」の異名を持つ
マイク・シーゲル自身が製作していたキュー。
工作機械はキューメーカーでもある
ブラッドワース社が手掛けたものだ。
最初から高級志向で、マラカイトや
アズライトなどの半貴石を大胆に使い、
離れていてもそれと分かるほどの
大振りなインレイデザイン。
ダイヤ入りの最高級モデルまで作って
話題をさらうなど、マーケティングは
超強気かつ巧み。特に日本では、
プレイヤーとしての絶大な知名度もあり、
かなりの人気を得た。
このオレが気付かないうちに、
かなりの本数が国内に出回っていた。
しまいには本人が来日して、
あの『日本橋三越』で販売したほどだ。
ただ、試合でミスした際、怒りで自ら
製作したキューを破壊して評判を落としたり、
雲散霧消した『IPT』と密接な関わりを
持っていたりしたが故に、
キューメーカーとしてもプレイヤーとしても
表舞台から身を引かざるを得なくなった。
今でも使ってみたいキューではある。
*****
South East(サウス・イースト)
所在地:テネシー州クラークスビル
「サウス」と言えば「サウスウェスト」を
指すカスタムキュー業界においては、
天をも恐れぬネーミング。
1998年に登場した際は
平凡なデザインだったが、キューメーカー、
レオナルド・ブラッドワースの息子、
ドナルド・ブラッドワースが参画するように
なって、どハデなモデルも作り始めた。
ただ日本では、
キュー尻が折りたたみ傘の柄のように伸ばせる、
エクステンション装備のモデルに需要があった。
「その伸びるキュー、なんていうメーカー?」
「サウス……」
「サウスウェスト!?」
「……イースト」
という一発ギャグのため買う、
みたいな扱いではあったが、
それなりの存在感はあった。
もしこのエクステンションが当時より
軽量化できれば、今なら大ヒットだろう。
だが、人気は伸ばせなかったのだ。
*****
Paul Dayton(ポール・デイトン)
所在地:フロリダ州フォートピアース
一発屋のカテゴリに入れるには忍びないが、
採り上げる。
多彩な銘木を使用しながら、
クラシックな4剣と独特な飾りリングを
基調としたデザインで、一目で
ポール・デイトンと分かるスタイルを確立した。
作者のポール・デイトン自身、
紳士的、かつ笑顔を絶やさない好人物。
その人柄もあり、1990年代末から、
かなりの本数が日本に輸入されており、
価格も比較的手ごろだったゆえ人気を集めた。
銘木好きなコレクターなら、
1本欲しいと思わされる魅力を持っていた。
しかし、2000年代半ばになると、
ぱったり製作を止めてしまった。
もう少し続けていれば、更に評価が
高まったであろう、惜しいメーカーだ。
*****
Omen Custom(オーメン・カスタム)
所在地:フロリダ州メルボルン
ピート・オーマンが1993年から製作する
「オーメン・カスタム」は、
1990年代後半から
SBEでブースを構えていたことで、
日本に輸入されるようになったメーカー。
その名前がキャッチ―(笑)だったこともあり、
ちょっとオカルトなニオイの「オーメンキュー」、
あるいは、作者の名前から「おまんきゅー」
あるいは……。(以下略)
オーナーは、
キューのブランド名を口にする都度、
誇らしさと少々の恥ずかしさを感じつつ、
少しずつ呼び名を変える快感は、
他の追随を許さなかった。
ただ、それが災いしたのか、
数年後には国内から姿を消した。
銘木の美しさを生かした、
シンプルで好ましいデザインのキューなのだが、
それよりもネーミングは大切、という教訓だ。
*****
Showcase Custom(ショーケース・カスタム)
所在地:コロラド州ウェストミンスター
カスタムキュー人気が高まっていた1990年代末。
当時世界最大のビリヤード関連見本市、
『BCAトレードエキスポ』に、
オレと酔爺はほぼ毎回参加していた。
ある年のイベント初日、
ショーケース・カスタムのブースに
2人は目を奪われた。
大胆な銘木の使用、斬新なインレイデザイン、
そしてヤンチャな若いスタッフ。
我々2人は、限りない可能性と才能を感じて、
躊躇なく購入。
帰国後周囲からはなかなかの反響があり、
これはイケると思った。
しかし独特過ぎるシャフトテーパーや
デザインにより、人気が爆発する前に終わった。
おっと、これでは一発屋というより、不発弾だな。
*****
その他、
他メーカーを圧倒するド派手なインレイで
評判を得たCastle(キャッスル)、
オメガ/dpkやコグノセンティと親交があり、
長さ59インチを標準としていた
Mystyque(ミスティーク)、
キュー尻に独特のふくらみを持たせた
Perry Weston(ペリー・ウェストン)、
打ち上げ花火のように輝いて消えた
メーカーはいくつもある。
もし、手元で眠らせているならば、
すぐにケースへ入れて玉屋へ向かうことだ。
独特の撞き味やデザインで、
周囲のプレイヤーが集まってくるだろう。
一発屋は、人を引き寄せる魅力を持つからこそ、
記憶に残る存在なのだ。
*****
もし新たな依頼があれば調べるぜ。
よろしくな、BD!
(to be continued…)
Detective “K”についてはこちら