私はDetective K。
ビリヤードキューの調査を引き受ける探偵だ。
周囲からは”K”と呼ばれている。
四年に一度のサッカーワールドカップ。
毎回、玉屋に客が少なくなる。
キュー探偵も仕事なしだ。
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『ビー・ビー・ビー!』
BDからメッセージだ。
このタイミングで、何を調べろと?
『最近、良いモノを手に入れたそうですね。』
……はて、なんのことやら?
『トボけてもムダです。
とても良いキューケースを
オーダーしたと聞いていますよ。』
うぅっ! どうしてそれを(汗)。
『BDの情報網を甘く見ないでください。
探偵Kの動向は監視しています。
高級ケースメーカー、ジャスティスの逸品。
それを公開するのも良いのではないですか?』
探偵を見張るとは、BD恐るべし。
そこまでバレているなら仕方ない。
オレはキュー探偵K。
その依頼、引き受けた……くないが、
引き受けた。
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キューの持ち運び、
あるいは保管に欠かせないケース。
だが高価なカスタムキューですら、
純正ケースが付属することは稀。
よって、ケースは別途用意。つまり別売りだ。
キューケースに求められるニーズは多様。
実用性だけでなく、
凝った装飾や高価な素材の使用など、
ビリヤードに対する思い入れを表現する
手段として、様々なタイプのケースがある。
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1989年創業の高級ケースメーカー、
ジャック・ジャスティス(Jack Justis)。
アリソン・フィッシャーや
エフレン・レイズをはじめ、
多くのプロが愛用するケースとしても有名だ。
名前は知らずとも、
試合会場でジャスティスのケースを
目にしていることは多いはず。
一点物のデザインや、プレイヤーのネーム入り、
あるいはニシキヘビやゼブラなどの
超高級皮革といったカスタムオーダーも可能だ。
そのジャック・ジャスティスが
2018年3月、引退宣言した。
1939年生まれ、79歳となれば
もう十分働いたということだろう。
「手元に残った素材を使って、
最後に15個だけケースを作る」
オレは、躊躇なく連絡した。
「そのうちの一つは、“Detective K”のために」
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すでに10個ほど完成しており、
今さら特注は難しいかと思ったが、
意外にすんなりと受けてくれた。
2バット4シャフトしか作れないが、
デザインは自由に指定できるという。
オレの仕様は極めてシンプル。
黒とバーガンディの牛革、革彫刻は標準仕様。
あとはネームを
バックサイドに入れることだけ伝えた。
納期は1ヶ月程度。
わずか15個のケースなら当然か……。
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4月下旬、ネームを確認するための画像が、
「気に入ってもらえれば、うれしいよ」
というメッセージとともに送られてきた。
驚いた。
オレのネームだけでなく、
探偵のシルエットが追加されていた。
シャーロック・ホームズ風の横顔だ。
この連載のロゴは、
同じ探偵でも「ディック・トレーシー」風。
だが、ジャックの好意にダメ出しは出来ない。
よってこれでOKとした。
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その2週間後、
「ケースが完成したので送るよ」と、
先に画像が送られてきた。
また驚いた。
革彫刻はケース底面にまで及び、
更にケース蓋にはイニシャルが入れられ、
ショルダーパッドにはジャスティスのロゴ、
アクセサリーポケットには
蛇革のインレイが入った、フルオプション仕様。
おそるおそる値段を聞くと……。
またまた驚いた。
フルオプション割引なしプライス(汗)。
とにかく払った。
ケースは5月半ばに到着。
最後の15個から、
一つを手に入れた満足感と相まって
外に持ち出すのを躊躇するほど素晴らしい。
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ところが、SNSをチェックしていると、
またまたまた驚いた。
オレが最後、と思いきや、その他に
オーダーされたジャスティスケースが、
続々と完成しているのだ。
6月になってもそれは続いていた。
いつの間にか「最後の15個」が、
「高級素材を使った最後の13個」になっているし。
「残った材料だけで作る」のではなかったのか?
駆け込みオーダーが予想より多く、
断りきれなかったか、もしかして、
「止めるのヤメ」的なヤツ?
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まぁ、ジャック・ジャスティスが
「仮に」ケース製作を続けても、
それはそれでよい。
オレが注文したケースの価値は、
オレ自身が決めるもので、
何ら変わることはない。
ただ、ブランドとしての「ジャスティス」は、
他人に譲らず一代限りと彼は公言している。
有言実行、かつ義理堅い
性格の持ち主である彼が、
惰性でケース製作を続けることはない、
とオレは思う。
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もし新たな依頼があれば調べるぜ。
よろしくな、BD!
(to be continued…)
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