私はDetective K。
ビリヤードキューの調査を引き受ける探偵だ。
周囲からは”K”と呼ばれている。
サッカーワールドカップも、
ビリヤードの『ジャパンオープン』も終わった。
夏休み本格到来。
学生は帰省し、社会人は行楽その他で、
結局玉屋に客が少なくなる。
オレは事務所で、タライに水を張って
足を突っ込み、涼をとっている。
なごむぜ。
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『ビー・ビー・ビー!』
BDからメッセージだ。
びっくりして、スマホをタライの中に
落としそうになった。焦らすな……。
『最近注目を集める、
ジョシュ・トレッドウェイのキューですが。』
……ん? トレードウェイのことか?
『いいえ、トレッドウェイです。』
は? トラッドウェイじゃなくて?
『キューメーカー、Josh Treadwayのことを
指していること、わかってますね?』
……はい、わかってます。
『英語をカタカナ表記すると、
どうしても揺らぎが生じるもの。
カナ表記がマチマチなキューメーカー名があると、
プレイヤーやコレクター同士の会話で
不都合ですよね。』
確かに。それで口論になることすらあるからな。
『そうです。これまで、いろいろな
カナ表記のあったキューメーカーは、
トレッドウェイだけではないはず。
それぞれの事情や理由について調べてください。』
オレはキュー探偵K。
その依頼、引き受けた。
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外来語をカタカナ表記する際の揺らぎ。
アルファベットはカナと1対1で対応しておらず、
ましてや使用される母音・子音の数は
外国語の方がたいてい多い。
更に、日本語をアルファベットで表記する
「ローマ字」が存在するゆえ、
外国語のスペルを「ローマ字」読みして、
元の言葉と発音がかけ離れてしまうこともある。
最近では、
サッカーロシアワールドカップにおける
フランス代表選手、Mbappéを
「エムバぺ」
「ムバッペ」
「ムバぺ」
と、同一人物と思えないカナ表記が
メディアを賑わした。
キューメーカー名においても、
同様の事象があった。
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Meucci:
「メウチ」「メウッチ」「ミューチ」
「ミィウチ」
1980年代末の映画
『ハスラー2』ブーム時に、
カナ表記が揺らぎまくった代表的メーカー。
創業者のボブ・メウチは、おそらく
イタリアにルーツを持つアメリカ人。
よってイタリア語の発音では「メウッチ」だが、
アメリカ英語の発音では「ミューチ」が近い。
それが「メウチ」に収束していった理由は、
当時開催されたトーナメント『メウチカップ』、
あるいは1988年にボブ・メウチ自身が
来日したのをきっかけに、「メウチ」を用いる
キュー販売業者が増えたから、と思われる。
同様に、
当時多数輸入されていたMcDermottも、
「マクダーモット」「マクドーモット」
「マクダモット」と揺らいでいた。
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Tim Scruggs:
「スクラグス」「スクラッグス」「クラッグス」
1980年代から1990年代にかけて
複数の表記が見られるメーカー。
アタマの”S”は、子音のみの発音であるため、
それを原則「子音+母音」からなる
「ス」と表記するのは少々無理がある。
それにネイティブスピーカーの発音では、
"S"があまり聞き取れないので
「クラッグス」という表記が
「スクラッグス」と併存した。
ちなみに有名バンジョー奏者、Earl Scruggsは
「アール・スクラッグス」と表記されている。
それに寄せるべきなのかもしれないが、
1990年代半ば以降、日本語としてリズムが良い
5文字の「スクラグス」に落ち着いた。
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Cognoscenti:
「コグノセンティ」「コグノ」
本来の発音をほとんど考慮せず、
カナ表記が定まったメーカー。
もともとは「目利き」という意味を持つ、
イタリア語起源の単語。
1990年代中期から日本に輸入され、
「コグノセンティ」で定まり、
揺らぐことはなかった。
アメリカ人の発音を無理やりカナ表記すると
「カグノゥシェンティ」あるいは
「コジュノセンティ」なのだが、
途中の”g”の後に母音”u”を付け足して
ローマ字読みしたと考えれば、分かりやすい。
ただ、プレイヤーやコレクターの間では
「コグノ」という省略形が愛称として定着した。
省略形で通じるのは他に
「サウスウェスト」→「サウス」、
「ザンボッティ」→「ザンボ」、
「バラブシュカ」→「ブシュカ」ぐらい。
それだけ認知度が高く、人気が絶大だったのだ。
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Joss:
「ジョス」「ジョース」「ジョス・オリジナル」
「ジョス・イースト」
勝手に名称がアレンジされたメーカー。
”Joss”の語源は
「幸運を意味する東洋の単語」という、
創業者の一人、ダン・ジェーンズの説明だけで、
よくわからない。
アメリカ人の発音に近いのは「ジョース」なのだが、
あっさりと「ジョス」に落ち着いた。
ちなみに、もう一人の創業者、
ビル・ストラウドが袂を分かって旗揚げした
”Joss West”は、1980年代後半、
「ジョース・ウェスト」と
広告には表記されていた。
この2つのメーカーを明確に区別するため、
「ジョス」は、「ジョス・オリジナル」、
あるいは「ジョス・イースト」とも表記された。
もちろん正式なブランド名ではなく、
キューを販売する側が付けた便宜的な名称だ。
キューデザインの違いは一目瞭然。
「どっちのジョス? イースト? ウェスト?」
みたいな、マヌケな会話は聞いたことがないがな。
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Jerry Olivier:
「オリビエ」「オリバー」
最初の表記が単なる読み間違いだったメーカー。
1990年代末、某ビリヤード月刊誌で、
最初に紹介された際の表記は「オリバー」だった。
だがどう読んでも、キューメーカー本人に
発音してもらってもそれには無理がある。
これは単に記事を書いたヤツが、
”Oliver”と見間違えたために起きたのが理由だ。
この記事を書いたのは、何を隠そう、
駆け出しのころのオレだ。
ま、”Olivier”は、
そもそも”Oliver"のフランス語形なので、
あながち間違いではない……
と自己フォローしておく(汗)。
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Mike Capone:
「カポーン」「カポネ」
1990年代末、アメリカ英語の
発音寄りのカナ表記に定まったメーカー。
日本に紹介された当初は、苗字の綴りが、
イタリア系アメリカ人の有名なギャング
「アル・カポネ」と同じだったため、
イタリア語の発音にならって、あるいは
ローマ字読みに「カポネ」と表記された。
しかし、輸入される本数が増えると、
キューメーカー本人と直接話をする機会が
増えたのか、キューディーラーが、
アメリカ英語の発音に近い「カポーン」と
カタログ等に記載するようになり、
表記が定まった。
最初に「カポネ」と表記したのは、
やはり何を隠そうオレだった。
またやらかしたな、と言われても
反論はできない(滝汗)。
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カナ表記の揺らぎは、
結局のところ日本人にとって、
字面を見ても発音してもわかりやすい
表現に収束し、落ち着くようだ。
多くの販売業者が取り扱い、プレイヤーや
コレクターが語ったメーカーだからこそ、
発生したカナ表記の揺らぎ。
その意味では、
人気のバロメーターであるとも言える。
ま、「ジナ」を始め、例外も多いので、
単なる参考だがな。
今後も、カナ表記が揺らぎまくるほど
話題になるメーカーの出現を期待してやまない。
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もし新たな依頼があれば調べるぜ。
よろしくな、BD!
(to be continued…)
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