ニュージーランド(NZ)在住の
岡﨑智也さんによる、
NZの男女トッププール選手、
Matt Edwards(マット・エドワーズ)と
Molrudee Kasemchaiyanan(モルルディー・カセンチャヤナン)の
インタビュー。後編です(前編はこちら)。
2人が語る「NZのビリヤード競技界の現状」、
「プロとアマ」のくだりは、
なにも小さな国に限ったことではなく
(NZは人口約480万人)、
プール(ポケットビリヤード)・
キャロム・スヌーカー問わず、
一部の「強国」をのぞけばおおむね
どの国にも当てはまるでしょう。
日本のプールとキャロムには
”世界的に見て稀な”プロ制度がありますが、
競技活動(大会賞金やイベント出演など)だけで
食べていける人は極めて少なく、
少子高齢化が急速に進む今、
地方ではすでにその傾向が見られますが、
都市部でも、ビリヤード競技人口
(レジャー人口ではなく)の減少→
クラス分け・競技システム維持の難しさ、
という問題に直面する可能性はあります。
…………
聞き手・翻訳/岡﨑智也
――マットはトップ選手になるまでにどんな練習をしたの?
Matt(マット):始めたての頃は本当にビリヤードに夢中で、それ以外のことは考えられなかった。学校にいる時ですら机の上でこんな風に(ブリッジを組んだ手を見せながら)ブリッジの練習をしていたんだ。そんな感じだったから、勉強に全く集中出来なかったね。先生も僕のノートを見て「このビリヤードボールとブリッジは何?」なんて聞いてくるくらい。本当にビリヤード中毒だった。
毎日8時間くらいやってたし、夜通し撞いてた時もある。毎日新しいスキルが得られることが面白かった。練習しまくって、1年半もしたらだいぶ上手くなった。たいていの大人は倒せるようになってたし、マスワリ5連発も出ていたからね。今思えば、あの時は怖いもの知らずだったなぁ。今は少し怖いよ(笑)。
今になって思うのは、ある一定のレベルに達してしまえばビリヤードはもっと難しくなるってこと。成長してしまえば新たな発見は少なくなるから、モチベーションを保つのが難しくなるんだ。始めた頃は毎日新しいショットに出会っていたけど、今や数週間練習してようやく1ショットに出会うくらい。それって本当に退屈だから、前ほどはビリヤードが楽しくないかな。でも良い球を撞けるように取り組んでいるよ。
――難しいところだよね。ところで、NZにはプロとアマチュアを分けるシステムや基準みたいなものはあるの?
Matt:ないね。NZって小さな国で人口も少ないから、十分な数の選手がいないんだ。僕が思うに、もしそういうクラス分けをしたとしても、それぞれの人数がとても少なくなってしまう。理想を言えば、区分けをする何かしらのシステムがあった方が良いとは思う。でもそれをNZのような小さな国でやるのはチャレンジになるだろうな。
ただ、僕らはBCAリーグ(註:日本で言うところのJPAに近いビリヤードリーグのこと)のようなシステムを導入していて、ハンディキャップシステムによって公平に競い合う機会を設けているんだ。そうやってあらゆるレベルの選手を底上げしようとしているんだよ。
――初めての人にとっても良い入口になっているし、既存のプレイヤーのスキルも上げられるってことだよね。
Matt:そういうこと。『Pool & Blues』(マットのビリヤード場)ではウィークリートーナメントをやっているけど、そこからのめりこんでいく人もいるね。今はジョン(註:ジョン・マクミリアン〈John MacMillan〉、NZPA〈ニュージーランドプール連盟〉の役員)が火曜日の8ボールウィークリーを運営してくれているけど、こういったトーナメントがビギナーにとって試合でプレーする良いきっかけになっていると思うよ。
こういうことをビリヤード場がやるのは本当に大事なことだと僕は思う。でも全国規模の『NZ選手権』とか他のNZPA主催試合のレベルでは、選手の数が十分じゃないからクラス分けをするのは相当難しいね。
――なるほどね。今マットは、競技活動とExcellence Billiards NZL以外の仕事はしているの?
Matt:NZPAの運営をしたり、ビリヤード関係の仕事はしてるけど、全部無給だからボランティアみたいなもんだね(笑)。ビリヤードに情熱を持っているし、NZのビリヤードが成長していく様子も見てみたい。だからそのためにはもっと働かないとね。
――日本ではプロ選手として活動するのはとても難しいんだ。NZも似たような状況だと思うけど……
Matt:その通りだね。まず断っておきたいんだけど、僕は多くの人が思っているように自分のことをプロ選手だとは思っていない。だってプレーすることでお金を得ている訳ではないからね。僕はただプロのレベルで競っているだけ、プロの基準でプレー出来るってだけなんだ。もし今の仕事をしていなかったら、こんな活動は出来ていなかっただろうね。つまり、このポジションにいてプレー出来るっていうのがラッキーだったってだけの話だ。
――つまりプロレベルのアマチュアってことだね。
Matt:まさしく。プロの定義って「プレーすることで生計を立てている人」のことだと僕は思うんだ。でももちろん、僕らはビリヤードのプレーだけで生計を立てている訳じゃないし、慎ましい生活を送っているよ(笑)。世界中のいろんな「プロ」選手を見てきたけど、彼らもそこまで裕福な生活は送れていないね。友達の家に無償で居候させてもらってるとか。だから、僕の中では彼らもプロじゃない。
プロだったらプレーすることで生活費、少なくとも最低賃金の水準よりは稼がないとね。友達の家のベッドで寝ていたり友達のサポートを受けているんだったら、それは本当の意味ではプロではないと思う。海外のプロで苦戦している人がたくさんいることも知ってるよ。トップ層は十分に暮らせるぐらいには稼いでいるかもしれない。でももしある年に良い成績を残せなかったらすぐ食うに困るだろうね。それがこの競技の難点だよ。NZだけの問題じゃない。
――日本では試験を受ければプロになることが出来るんだよ。
Matt:それは厳密に言えば正しくないだろうね。なぜなら「プロ」の言葉本来の意味はそれで生計を立てているということであって、レベルの話ではないから。
――「スペシャル」の言葉の方がふさわしいのかな。
Matt:その通りだね。他のスポーツに目を向けてみると、それぞれの競技に「プロ」の基準がある。その基準は正しいのだろうと思うよ。でも、ビリヤードでプロ試験をしてプロになって……どうなんだろう。僕はあまり良いとは思わないね。
――ところで、NZではトップに位置付けられる選手の数はどれくらいなの?
Matt:そこまで多くはない。現時点だったらたぶん6人から10人くらいはトップトーナメントで勝つチャンスがあると思うな。その下、ほどほどに上手いプレイヤーならたくさんいる。例えば僕の調子が悪い時に彼らが良いプレーをしたら、もちろん僕は負けるだろうね。彼らも全ての試合に出ている訳じゃないし、勝てる能力のある選手はもう少しいるかな。でもこの通り小さい国で選手層も厚くないからね。
――NZの抱える大きな問題だね。
Matt:本当に問題だよ。でもこれはビリヤードだけの問題じゃなくて、NZの他のスポーツやビジネス、全部に当てはまる(笑)。少ない人口で、しかも地球の反対側でしょ?(註:ヨーロッパのちょうど真裏側に位置する) だからモノの流通や輸出入も制限されてしまうし、物価も高いし、色々と問題はある。でもこんなに美しい国は他にないよ。世界中どこを旅していても、ここ以上住むに適した場所は考えられないくらい。だから、犠牲を払わないといけないこともあるけど、ここでの暮らしはとても良いんだ。
MK(モルルディー):私たちが住んでいるのは天国みたいなところよ(笑)。
――(笑)オッケー。マットについてはここまでかな。ありがとう!
Matt:ありがとうトミー!
…………
――じゃあ次はモルルディーの番だね。出身はタイでよかったよね。
MK:そうね。生まれはタイ、育ったのはドイツで、今住んでるのはNZのオークランドよ。
――ビリヤードを始めたのは?
MK:たぶん15歳の時。でもその前のもっと子供の頃にタイでスヌーカーは少しやっていたわ。
――タイはスヌーカーが盛んな国だもんね。
MK:その通り。だからタイにいた時はスヌーカーで育ったんだけど、ドイツにはスヌーカーがなかった。プールだけだったの。それで今こうやってプールをプレーしてるって訳。
――モルルディーの基礎はスヌーカーにあるって言っていいよね。
MK:そうね。間違いなく基礎はスヌーカーだわ。子供の頃にスヌーカーをやっていたからこそ、それがプールでも役に立っていると思ってる。友達と初めてプールをやった時、友達よりは格段に出来たから。
――たしかにモルルディーのストロークはスヌーカープレイヤーに近いね。
MK:そうね。立ち方、撞き方……そう思うわ。それが私のビリヤードライフの原点ね。
――今はどのゲームが好き?
MK:10ボールが好きだわ。番号順にプレーしていくゲームが好き。
――じゃあ次の質問。一番尊敬している選手は?
MK:チェン・スーミン(陳思明。中国)。彼女は私より若いけど、本当に好きだわ。
――ストロークとか人格とか?
MK:そう、それとマナーもね。
――彼女は誰に対しても親切だって聞いたよ。
MK:ええ、それにとても練習熱心だわ。『女子世界選手権』に行った時、彼女はプラクティスルームでずっと撞いてたと思う。
――今の仕事は?
MK:マットと同じで、Pool & BluesとExcellence Billiardsの経営者ってことになるかしら。厳密に言えばマットとは立場が異なって、管轄している部分が違うけどね。
――なるほど。じゃあ自分のこれまでの戦績については?
MK:『オセアニア選手権』を複数回優勝した(9ボール2回、10ボール5回)のは良い実績だと思う。ドイツ在住時代には『ドイツ8ボール選手権』(2007年)でも優勝したの。ルクセンブルクで開催された『アルデネンカップ』でも優勝経験があるわ。あれはヨーロッパ規模の試合だったから、誇れる実績ね。
――トップ選手になるまでにどんな練習をしてきたの?
MK:私もマットと同じでたくさん撞いて育ったわ。最初は女子トーナメントだけに参加してたけど、ドイツにはそんなに女子の試合がなかったの。だから常に男子の試合に参加して腕を磨いてきた。それから他の人のアドバイスを取り入れて練習したり……とにかくたくさん撞いたわ。
――男子に追い付こうと?
MK:そうね。だから、アカデミーに入ってコーチが付いて……っていう、今の若い選手たちのようには育ってないってことね。彼女たちは基礎から始めるでしょ。でも私はそんな道を歩いては来なかった。ただトーナメントに参加して、たくさんプレーして、みんなから教わっただけ。
――自然な方法だね。
MK:私もそう思うわ。今ならコーチからたくさん習うことが出来るだろうけど、私の時はそこまで主流じゃなかったから。
――たとえば中国の若い女子選手のように……
MK:そうね。指導者に習えば上達するのに適切な情報を得ることが出来るし、その方がもっと早く成長出来ると思う。私はただ実戦で鍛えていったってだけよ。
――女子の方もNZではプロとアマチュアの区別はないよね。
MK:ないわ。プロと言えるような選手は本当に全くいないと思う。プロと聞いてみんなが一番に想像するのは、たぶん私やマットがやっているようなことよ。私たちはただビリヤードの世界で仕事をしているだけ。ビリヤードから離れられないの。
――以前住んでいたドイツでも同じような状況だった?
MK:「プロ」と言える人はほとんどいなかったわ。片手で数えられるくらいね。ラルフ・スーケーとか、トースティン・ホーマンとか……(ともに元9ボール世界チャンピオンで国際実績多数)。コーチ業をしたりビリヤード関係の仕事をしている人ならもう少しいるわ。
でも「プロ選手」となると、ラルフとトースティン、今だったらジョシュア・フィラー(現9ボール世界チャンピオン&USオープンチャンピオン)ぐらいかしら。それ以外は誰もが仕事のかたわらで試合に参加してる。マットが言っていたように、この国には480万人しかいないけどドイツには8300万人もいる。それでもドイツの多くの選手は「プロ」じゃないと私は思うし、別で仕事をしないといけないの。
――なるほどね。話は変わるけど、記憶に残っている試合は?
MK:難しいわね。どんな試合も楽しんでるわ。ただ問題なのは、私が試合の内容を全く覚えていないことね。勝ったのは覚えているし、負けた試合も時々覚えているけど、そういう試合は早めに忘れるようにしているの。だから覚えてないわ。本当に記憶力が悪いの。もし私が世界選手権で優勝したとしたら、「覚えているわ!」って言うだろうけど、実際は覚えていないかも……(笑)。
――「モルルディーは1試合1試合に集中している」と表現すれば良いかな(笑)。
MK:そうね(笑)。どんな試合も大事だわ。
――「モルルディーは何も覚えられない」よりいいでしょ(笑)。
MK:アハハハハ! でも、その方が面白いわね! 「彼女はどんな試合のことも覚えられない」って。
――(笑)最後の質問だけど、NZの女子プレイヤーのうち何人ぐらいが「トップ選手」の域に入ると思う?
MK:そんなに多くはないと思う。だって男子より女子の方がプレイヤーが少ないから。なおかつこの小さな国でしょ。高いレベルだったら、たぶん私、ヘーゼル(Hazel Cook、前回のNZ Open優勝者)、そして今はプレーしてないデニス・ウィルキンソン……この3人だと思うわ。他にもポテンシャルのある人がいるんだけど、もっと撞いて経験を得ないとだめだと思う。
ああ、あとはジョジョかな。NZ南島の若い子。でも彼女は『NZ選手権』には出てない。上手なのは知ってるけど、ヘーゼルや他の人と比べてどれくらい上手いかはわからない。あとアレックスっていう14、5歳の子もいる。もし彼女がビリヤードを続けたら上手になるとは思うけど……。
――もっと練習しないとってことだね。
MK:そう。ただただ練習を続けること。だって、大人になれば他の趣味を見つけたり他の道に進む人が多いから。この競技にはたくさんの時間と努力を注ぎ込まないといけないの。私やマットのようにみんながハマるとは限らないから……。
――8時間毎日練習するとか。
MK:ビリヤードのことを考えて、夢にビリヤードが出てきて、ビリヤードに住んで、ビリヤードを食べて……(笑)。全部ビリヤード。休日もビリヤード。バカンスに行ってもビリヤードがしたくなって、そんな休日(笑)。でもビリヤードが好きなの。
――(笑)これでインタビューは終わり。最後に良い言葉で締めくくってくれてありがとう!
MK:どういたしまして!
(了)
※岡﨑智也さん寄稿その1:
※寄稿その2:
※寄稿その3:
※寄稿その4:
…………
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