カスタムキューを多数取り扱っている
その代表、大原秀夫氏が所蔵している
キューを見ていく本企画。
(※過去記事はこちら)
今回紹介するのは、
UK Corporationの「看板キュー」の
一つとして、たびたびメディアにも
登場しているゴージャスな1本。
『Jacoby』(ジャコビー)です。
1982年にリペア業で会社を興し、
現在はウィスコンシン州ネクーサで
キュー製作を続けているジャコビー。
デイブとブランドンのジャコビー親子と
複数名のスタッフで、
一点物のハイエンドキューから、
普及価格帯の量産モデルまで、
様々なキューを作っています。
…………
今回ご紹介するのは、2008年の
『ACA Cue of the Year』受賞作品。
モデル名は『The Sultan』(サルタン。
アラビア語で「王・君主・皇帝」)。
バーズアイメイプルベースで、
バット中央部にホリーウッドの
グリップを配し、上下対称の
5剣デザインになっています。
剣の材料はアバロンシェル+ホリーウッド。
そしてキュー全体で1,600以上の
スターリングシルバーインレイが
入れられています。
完成まで2年以上かかり、
職人の手作業の時間だけでも
100時間を越えたとのこと。
「王」の名にふさわしい、
強烈な存在感と輝きを放つ、
贅を凝らしたモデルです。
大原氏・談:
「いかにも『ザ・カスタムキュー』
という壮麗で華やかなキューで、
私自身、このキューを通して
ジャコビーというメーカーの
ターニングポイントに関わらせて
もらったという自負もあり、
思い出深いキューでもあります。
いくつかのメディアに
載せてもらいましたが、
この連載では出してなかったですね。
このキューとの出会いは
2008年の『Super Billiards Expo』。
名前が伏せられた状態で
キューの人気投票が行われて、
このキューがぶっちぎりの1位。
『ACA Cue of the Year』を受賞しました。
私もその時会場にいましたが、
『なんだ、このすごいキューは!?
えっ、ジャコビーだったのか』と、
正体がわかった時にとても驚きました。
当時ジャコビーというメーカーは
一点物の豪華なキューを作ることには
そこまで熱心ではなく、
どちらかと言えばそれなりなデザインと
手頃な価格帯で、まずまず性能の良い
キューを手掛けていました。
たまに凝ったものも作っていましたが、
トップクラスのカスタムキューメーカーとは
見なされていませんでした。
私は代表のデイブとはそれ以前から
親しくさせてもらっていて、
ジャコビーにはジャコビーの
キュービジネスのやり方があることを
わかっていましたし、
少なくともデイブはその路線のまま
行くつもりなのだろうと思ってました。
ところが、
息子のブランドンはそうではなかった。
彼は後継者としてよその様々なメーカーと
キューを見て学ぶ中で、
『豪華で精巧なハイエンドキューは
うちでも出来る』と確信し、
それを発信したくなったのです。
つまり、ブランドイメージの転換を
図ろうとした訳です。
私はブランドンを小さな時から知ってますが、
そんな意欲を抱いていたとは
想像もしてなかったです。
この『サルタン』プロジェクトは
息子・ブランドン主導で進められ、
父・デイブは制作にもPRにも
ほとんど関わっていなかったはずです。
そんな『サルタン』ですが、
2008年に賞を獲ってすぐ売れたかというと
そうではなく、1年以上買い手が
付きませんでした。
やはり多くの人がそれまでのジャコビーの
イメージにとらわれていて、
なかなか手が伸びなかったのだと思います。
私自身にもそういう気持ちが
少しあったことは否めません。
とはいえ、デイブとブランドンの
役に立てたらという思いがあったので、
『私がこのキューを買って、
私のコレクションの一つとして、
“ICCS”(インターナショナルキューコレクターズショウ)で
出展してもいいだろうか』
とブランドンに申し出ました。
ブランドンは
喜んで了承してくれました。
『サルタン』が売れるだけでなく、
それまでジャコビーには
あまり縁のなかった
カスタムキュー専門ディーラーや
世界有数のコレクター達が集まる
ICCSという場で展示されるのですから、
悪い話ではなかったはずです。
おかげさまで購入時に
ブランドンには色々と手厚く
サービスをしてもらえたことも
よく覚えています。
そして私は、2009年か2010年の
ICCSでこれを展示したのです。
すると、
『えっ、これ、ジャコビーだったの!?』
『こういうのも作れるんだ。印象が変わったよ』
という反応がかなりあり、
それまでジャコビーに興味のなかった
コレクターやディーラーにも
『新生ジャコビー』を多少なりとも
印象付けられたと思います。
ブランドンも自信を深めたのか、
それ以降毎年のようにゴージャスかつ
コンセプチュアルなキューを
作るようになりました。
デザインスタイルが『サルタン』に
似たものが結構あるので、
この方向性で進めて行くことに
手応えを感じていたのでしょう。
ジャコビーは今も変わらず、
安いものから高いものまで
たくさんのキューを作っていますが、
凝ったキューも作り続けていますし、
プレデターとコラボレーションしたりと、
着実にメーカーとしての幅を広げています。
後継者不足が叫ばれるキュー産業の中に
あって、ジャコビーは世代交代と
ブランディング強化を
上手く同時並行で進められた
数少ないメーカーの一つだと思います。
企業として正しい時期に
正しい手を打ったのではないでしょうか。
余談ですが、私はこのキューで
球を撞いたことがあります。
主にブレイクで使いました。
重量バランスや打感も良好で、
普通に使えたことに逆に驚きました。
ここまでのゴージャスなキューになると、
買ってそのまま観賞用になることがほとんどで、
誰もプレーで使おうとは思わないものです。
性能がどうのこうのという話に
なることもあまりありません。
しかし、そこはさすがは道具としての
質の高さを追求しているジャコビー。
これはちゃんと使えました。
日本ではこういうデザインのキューを
好んで所有したいと思う人は
なかなかいないんじゃないかと
購入時から思っていましたし、
私にもそれほど売る気がなかったので
うちのサイトでは
『Not For Sale』としています。
ただ、どこに持って行っても目立ちますし、
『すごいキューですね。
買えないことはわかってるんですけど、
いくらぐらいなんですか?』と
聞かれることはしょっちゅうです。
今は参考価格として
『500万円』と言っています。
それだけの価値のあるキューだと思います」
(了)
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○ UK Corporation連載企画
『カスタムの輝き』バックナンバーはこちら
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