〈BD〉「黒檀~ブラックビューティー」――Detective “K” season7 episode 07

 

私の名はDetective K。

 

ビリヤードキューの調査を引き受ける探偵だ。

 

公式戦やハウストーナメントが

復活するなか、コロナ感染者が激増。

 

オレ自身はまだ無事だが、

周囲の状況を考えるとどうなることやら。

行動には慎重さが必要だな。

 

ピコン!

 

BDからのメッセージだ。

 

『K、キューの素材として

重要な木材といえば何ですか?』

 

藪から棒の質問だな、キューだけに。

ぐふぐふっ。

 

『…ウマいこと言った、

と今思ったでしょうがスルーです。』

 

スルーか(落胆)。

 

それはさておき重要な木材といえば、

まずメイプルとアッシュだな。

 

『その他に重要な木材といえば?』

 

まぁ、あえて一つ挙げるなら黒檀だな。

 

『それですね! 

かつて、メイプルローズウッド

ついて調査してもらいました。

 

今回は、なぜキューの素材として

黒檀が使われるのか? その理由や

歴史的背景を調べて欲しいのです。』

 

確かに。黒光りして硬く、

滑らかで美しい黒檀は魅力的だ(うっとり)。

 

『……何かベクトルが違うような

気がしますが、よろしくお願いします。』

 

(我に返り)分かっているぜ、

オレはキュー探偵。

 

キュー製作にとって重要な

黒檀の調査依頼、引き受けた!

 

******

 

キューの素材としての木材に

求められる要素は何か。

 

ざっくり言えば、

 

入手のしやすさ、

加工のしやすさ、

適度な重さとしなり具合、

凹んだり反ったりしにくい安定性、

そして、削って磨くことで

滑らかさと美しさを得られること、だ。

 

「黒檀」は、その意味において、

決して理想的な素材ではない。

 

入手しづらく高価で、

水に入れると沈むほど

比重(=重さ、密度)が高く、硬いため、

美しく仕上がるが加工は難しく、

しなりづらい。

厄介な特徴を持つ木材だ。

 

にもかかわらず、

黒檀がキューの素材として

多用されてきたのはなぜか?

 

それは「黒い」からなのだ。

 

******

 

黒檀=カキノキ科の広葉樹。

学名:Diospyrus spp. 

 

英語ではEbony(エボニー)と呼ばれ、

400種以上ある樹種の総称。

 

木材としてはナイジェリア、

カメルーン、ガーナ、ザイール、

ガボン、マダガスカルが主な産地の

「アフリカンエボニー」と、

 

スリランカ、インド南部、

セレベス諸島、アンダマン諸島が原産の

「イーストインディアンエボニー」に

大別される。

 

日本でおなじみの

柿(学名:Diospyrus kaki)も仲間だ。

 

樹木の中心部に近い芯材は、

濃い茶色から黒色なのが特徴。

 

木材としては非常に緻密で、

強度に優れ安定性は高いが、

加工や乾燥は難しい。

 

キュー以外に、家具の装飾や彫刻、

ナイフの柄、ギターやバイオリンの指板、

弦を支えるサドルやブリッジなどに

用いられる。

 

アフリカンエボニーのうちガボンエボニー

(学名:Diospyrus crassiflora)は

漆黒の木材で、

古代エジプトでも珍重された。

 

イーストインディアンエボニーは、

ペルシャ、インドの古代王朝時代から、

家具や彫刻の素材として珍重された。

 

なかでも、セレベス諸島産の

学名:Diospyrus celebicaは、

濃い縞模様が特徴。

 

日本では「縞黒檀」、

あるいは積出港の名前から

「マッカ―サエボニー」と呼ばれる。

 

エボニーの気乾比重

(空気乾燥させた木材の重さと、

同じ体積の水の重さを比べた数値)は、

1.00を超えるものが大半で、

セイロンエボニー

(学名:Diospyrus ebenum)は

1.17もある。

 

キューのシャフトやバットに多用される

ハードメイプル(学名:Acer saccharum)の

気乾比重がおよそ0.72なので、

同じサイズの木材で比べれば、

メイプルより黒檀の方が3~4割ほど

密度が高い、つまり重いのだ。

 

******

 

ビリヤードキューの歴史を紐解くと、

2種類の木材を継いで製作された

キューが18世紀後半には登場していた。

 

それらは、キュー後半部には、

重量バランスを整えるため、

前半部に用いられたメイプルや

アッシュより重い木材が使われた。

 

中でも黒檀は、欧米諸国にとって

輸入材であるため高価で、

限られたモデルのみに使われていた。

 

近代キューの基礎を築いた、

ブランズウィック社の

『ウィリー・ホッペ・タイトリスト』

モデルでも、黒檀の四剣ハギはレアだ。

 

トラディショナル四剣スタイルのトンキン
トラディショナル四剣スタイルのトンキン

 

1960年代に入ると、

カスタムキュー向け四剣ハギの父とも言える、

バーテン・スペインが登場。

 

ブランズウィック社のキューと差別化を

図るため、黒檀またはローズウッドの

四剣ハギのブランク(半完成品)を、

ジョージ・バラブシュカをはじめとする

他のメーカーに供給した。

 

「メイプルバットに黒檀の四剣ハギ」

というキューの「カタチ」は、

ここから始まったのだ。

 

高価な黒檀を用いることで、

キューの高級化を図る流れが

出来たと言っても良い。

 

その黒檀を使った「カタチ」の

バリエーションをいかに増やすか?

 

それがキューデザインを

発展させる原動力ともなった。

 

通称「リバースポイント」と呼ばれる

黒檀バットにメイプルの四剣ハギや、

無垢の黒檀バット、

バットもハギも黒檀の

「エボニーオンエボニー」など、

 

黒檀をふんだんに使うことで

高級化を図ったモデルが1960年代から

1970年代にかけて生み出された。

 

******

 

一方、黒檀はキューデザインの

多様化を生み出すことにもなった。

 

素材に溝を彫り、別の素材を

はめ込んでデザインを表現する

「インレイ」技法では、

 

彫った溝とはめ込む素材を、

完全に同一の大きさ、形にするのは難しい。

 

明るい色や木目がはっきりした

木材であればなおさら。

 

しかし黒檀であれば、黒く着色した

接着剤で隙間を埋めれば良い。

 

インレイが主に手作業で

入れられていた1980年代ごろまで、

キューメーカーにとって黒檀は、

細かなアラを隠すには

都合の良い素材でもあったのだ。

 

インレイの仕上がりの差
インレイの仕上がりの差

 

1990年代になると、

コグノセンティやマクウォーターなどの

カスタムキューが次々と登場。

 

高度な工作機械を用いて、

黒檀バットに凝ったインレイを施すことで、

黒檀のキュー=高級という

イメージを定着させる。

 

黒檀は、

シルバーや貝など光を反射する素材、

ターコイズやマラカイトなど

はっきりした色を持つ素材、

あるいはチューリップウッドやボコテなど

個性の強い木目を持つ木材と

組み合わせても破綻なく仕上がる。

 

いわばデザインの理想的な

キャンバスとして好まれるようになった。

 

 黒檀バットのコグノセンティ
 黒檀バットのコグノセンティ

 

******

 

その黒檀の重さや硬さを

補うため生み出されたのが、

ファイバー樹脂のジョイントカラーや

ガラスエポキシ樹脂G-10のジョイントピン、

バット内部にメイプルの芯材を

入れるコア構造。

 

デザイン優先のトレンドで

黒檀が多用されたことが、

キュー構造の変革を生み出したのだ。

 

21世紀に入ると、

キューのインレイデザインは多種多彩な

素材と高度な工作機械を用いて、

より凝った方向に進化してゆく。

 

複雑なインレイの『Mezz LE2001』
複雑なインレイの『Mezz LE2001』

 

さらに黒檀はキューのデザインに「錯視」、

あるいはどのように製作したのかが

一見しただけではわからない

「トリック」をもたらした。

 

いわゆる「ルビンの壺」的デザインだ。

 

図と地を逆に認識すると違うデザインに見える反転図形の例。コグノセンティ
図と地を逆に認識すると違うデザインに見える反転図形の例。コグノセンティ

 

インレイをデザインとみるか、

地をデザインとみるかで、キューの表情が

全く異なったものとして認識できるのは、

黒檀がベースになっているからこそ。

 

また、木目が目立たないため、

貼り合わせてあっても、

まるで一本の木材から

削り出したように見えるデザインなど、

木目がはっきりした木材では出来ない

デザインは黒檀ならではだ。

 

黒檀ならではのブリッジポイントを持つSteven Klein
黒檀ならではのブリッジポイントを持つSteven Klein

 

******

 

21世紀に入り、

環境保護、森林保護の観点から

銘木の取引は規制が厳しくなった。

 

アフリカンエボニーは、

ワシントン条約の附属書IIにリストされ、

国際取引には輸出国の許可等が

必要となっている。

 

現在は同じデザインでも、

黒檀を使用したキューは

追加料金というメーカーもあるほどだ。

 

また、一見黒檀を使っているように

見えて、実は人工素材だったり、

銘木を黒くマスキングしていたり、

あるいは単に黒く塗装していたり、

というキューも存在する。

 

黒檀が生み出した「クールで高級」な

イメージと、デザイン映えの良さにより、

キューの色として、最も一般的なのは「黒」。

 

最近はカーボンシャフトの登場で、

全体が真っ黒というキューも珍しくない。

 

その意味において、

黒檀がキューに与えた影響は大きいのだ。

 

******

 

黒くてツヤツヤと光り、硬くて

重みのある魅力的な素材を調べていたら、

いつもより長くなってしまったな。

 

またの依頼を待っているぜ、BD!

 

※参考文献

世界木材図鑑 Aidan Walker 産調出版 2006

World Woods In Color, William A. Lincoln Linden Publishing  1986

 

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