私の名はDetective K。
ビリヤードキューの調査を引き受ける探偵だ。
新型コロナのマスク着用義務が緩和され、
試合で対戦するプレイヤーの顔を
認識できるようになってきた。
かつての日常が、ようやく戻ってきたな。
ピコン！
BDからのメッセージだ。
『K、花粉症は大丈夫ですか。』
バットのジョイントピンを鼻に突っ込み、
銘木の匂いをかぎわけてきたからな。
いつ発症してもおかしくないぜ。
『そのクセを止めないと、
いずれ発症しますね。』
まぁ、最近はメイプルコアのキューが
増えたから、あまり意味はないな。
『とはいえ、
キューに使われる銘木は色々あります。
これまでメイプルや黒檀、
ローズウッドを調査してきました。』
（※「K」記事一覧はこちら）
そうだったな。
『今回は、比較的多く使われているのに
詳しく知られていない銘木を
調査してください。』
となると、パープルハートあたりか。
『あの赤紫色の銘木ですね。
独特の色合いを好むプレイヤーや
コレクターは多いでしょう。
お願いします。』
分かった、オレはキュー探偵。
その依頼、引き受けた！
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「パープルハート」は、
アメリカでは「バイオレットウッド」
あるいは「アマランス」とも呼ばれる、
マメ科の樹木。
樹木としての「パープルハート」には、
20以上の亜種がある。
学名はそれをまとめて
Peltogyne spp.と表記される。
代表的なパープルハートの学名は
P.pubescens
P.venosa var.desiflora
P.confertiflara
P.paniculata
P.purpurea
などだ。
中南米の熱帯に広く分布し、樹高は
38メートルから45メートルにもなる大木。
幹の中心部は伐採直後は明るい紫色を
しているが、時間の経過とともに
色が濃くなり褐色に近くなる。
他の木材にない独特の色合いで、
木目ははっきり見えない。
気乾比重は平均0.86。
メイプルより重く、ローズウッドより軽い。
かなり大きなサイズの木材が採れるため、
建築用の素材としても使用される。
オレ自身、屋外に置かれた
パープルハートのベンチを見た事がある。
キューの素材としては、バット材がメイン。
まれにブレイクキューやジャンプキューの
シャフト材としても使われる。
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オレが木材としてのパープルハートを
知ったのは、1980年代末。
雑誌『ビリヤードマガジン』の広告。
パープルハートをバット材に用いた
サウスウェストを見たときだ。
キューの素材と言えばメイプルと黒檀、
ローズウッドしか知らなかったオレにとって、
「紫色の木材」自体驚きで、その色合いと、
それがキューの素材に使われていることに
大変な魅力を感じたものだ。
当時サウスウェストについて
オレが知っていたことは、
奇才ディヴィッド・ポール・カーセンブロックと
ジェリー・フランクリンが共同製作し、
全米の製材所を回り、選りすぐった木材を
調達しているということだけ。
当時のオレにはサウスウェストを
買うほどの財力はなく、
広告を眺めることしかできなかった。
パープルハートのサウスウェストを
入手したのは、それから20年後。
まぁ、個人的な執念に過ぎないのだが、
特定の木材にこだわった結果だ。
ちなみにサウスウェストの工房では、
「パープルハート」ではなく
「アマランス」と呼んでいる。
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パープルハートがキューの素材として
使用されるようになったのは、意外と古い。
1930年代～60年代に大量生産された
ブランズウィック社の「タイトリスト」には、
ハギ材としてパープルハートを
使用したものが存在する。
アメリカのブランズウィック社からすれば、
中南米産の木材は
調達しやすかったのかもしれない。
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木材としては黒檀類やローズウッド類と
比べて安価なパープルハートだが、
カスタムキューにはよく使用される。
第一の理由は他の木材にはない
色合いを持っていることだが、
木目がほとんど目立たないため、
インレイ技法で施したデザインが
引き立つことが挙げられる。
また、チューリップウッドやボコテなど、
木目がはっきりした木材と組み合わせても
バランスが良い。
一方で、接着剤に黒い塗料を混ぜることで
隙間は埋められる黒檀類に対し、
パープルハートはインレイの境界を
正確に仕上げないとアラが目立つ。
そのためキューメーカーにとっては
仕上げるのに手間がかかる。
インレイの精度と技術力が問われる
素材ともいえるな。
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「木目が目立たない」パープルハートだが、
樹木の細胞の並びが成長過程で
不規則に乱れることで生じる模様、
いわゆる「杢目」が稀に表れることがある。
独特の色合いだけで語られがちではあるが、
杢目により木材としての美しさが増すのも魅力的。
ただ、美しい色合いを持つ
パープルハートではあるが、
切ったり削ったりする際に生じる香りは、
メイプルやローズウッドと比べると、
心地よいものではない。
実はバットのジョイント部を
鼻に突っ込んで匂いを嗅ぐ秘技の原点は、
パープルハートのニオイだ。
例えるのが難しいが、ドブ臭いような、
といえば理解してもらえるだろうか。
キューになってからも、木材の断面、
即ち木口からほのかに感じられるほどの
「ニオイ」も特徴のひとつだ。
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キューコレクター的視点から言えば、
パープルハートは特長的な色合いを持つため、
木材をテーマに蒐集するコレクションを
形成するには好都合。
メーカーが違っても、
パープルハートを使用したキューが並ぶと
独特の世界が出現する。
キューメーカー、アンディ・ギルバートは、
他メーカーにわざわざ
パープルハートのハギなし、
インレイなしのストレートキューを注文、
ハウスキューとしてコレクションしていた。
このような愉しみ方は、
もちろん他の木材でも可能なのだが、
メイプルや黒檀では見た目が物足りず、
チューリップウッドやボコテなどでは、
キューの個体が少ないため集めるのに苦労する。
パープルハートの愛好家が多いのも、
分かる気がするな。
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キューに使われる木材は、
まだ他にもたくさんある。
キューに個性を与える木材は、
知れば知るほど奥が深い、
魅力的な素材といえる。
次も依頼を待っているぜ、BD！
参考文献：world Woods In Color, William A. Lincoln, 1986, Linden Publishing Co. Inc.,
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