〈BD〉「キューの価格~外国為替円高円安編」――Detective “K” season 8 episode 11

 

〜7/16公開の「キューの価格〜カスタムキュー黎明期編」から続く〜

 

 

私の名はDetective K。

ビリヤードキューの調査を引き受ける探偵だ。

 

前回は、アメリカにおける

カスタムキュー黎明期の話で終わった。

 

今回は日米の為替レートの変化を踏まえ、

日本国内のキュー価格を解説する。

 

******

 

半世紀前、1970年代前半の

日本におけるキュー価格はどうだったか。

 

ポケットよりもキャロム、

それも四つ玉が普及していた時代。

 

国内向けにキューを製作していたのは、

小規模なメーカーばかりだった。

 

教則本『オール図解 ビリヤード入門』(※1)

では「だいたい6,000円前後」との

記述があり、おそらく数千円から

高くとも1万円台だったろう。

 

海外製品はタバコや酒から自動車に

至るまで国産と比較して高価な品物であり、

「舶来品」と呼ばれた時代。

観光目的の海外旅行も富裕層に限られていた。

 

日本円とアメリカドルの

交換レート=外国為替レートは、

第二次大戦後から1971年11月までは

1ドル=360円。

仮に$100.00のキューなら、

36,000円に相当する。

 

1970年の大卒初任給は39,900円。

現在の価値に換算すると約143,000円。

 

終身雇用前提の給与体系ゆえ、

かなり安かった。

 

日本は、安い労働力と

有利な為替レートにより、

輸入よりも「工業製品輸出大国」への

道を歩んでいた時代だった。

 

******

 

当時インターネットは存在せず、

海外製品の現地価格を知る手立ては限られ、

個人輸入は大変な手間だった。

 

国際電話の料金は高く、

国際テレックスが主流。

画像や写真の送受信は、

郵便や国際貨物に頼っていた。

 

輸入品は、決済手数料、

送料・輸送保険料、税金が加わるため、

内外価格差が大きく、小売価格は

現地の2~3倍というケースもざら。

 

仮に当時$200.00のバラブシュカを

国内業者経由で注文すれば

(日本からの取引には応じなかったとは思うが)、

12~15万円はかかったであろう。

 

当時の日本で、キューにそれだけの

お金を投じることは、だれも考えなかった。

 

ポケット用カスタムキュー輸入は、

1970年代以降、

海外遠征したプロプレイヤーが、

現地で買い求めたタッドなどのキューを

日本に持ち帰ることから始まったのだ。

 

******

 

円高を強調した1988年の雑誌広告(『ビリヤードマガジン』1988年10月号)
円高を強調した1988年の雑誌広告(『ビリヤードマガジン』1988年10月号)

 

やがて為替レートは

1972年に1ドル=308円となり、

1973年には、その時々の経済情勢に

より変わる変動相場制に移行。

 

1985年1月には1ドル=約250円前後

だったのが、急速に円高が進み、

1987年1月には150円台となった。

 

政府・日銀は、日本を支える輸出産業に

ダメージを与える「円高不況」対策のため、

超低金利政策へ舵を切った。

 

これで株式や土地から美術品まで、

投資により価格が上がる

「バブル経済」が到来。

 

「金で買えるものは全て日本人が手に入れる」

と世界中で揶揄された日本が、

キュー価格を世界的に上昇させることになった。

その背景は、空前のビリヤードブームだった。

 

当時バラブシュカは、アメリカで

$3,000~$4,000で取引されていたが、

1987年公開の映画『ハスラー2』により

日本でも知られるキューメーカーとなり

価格は更に上昇。

 

ガス・ザンボッティに直接オーダーすると

高くとも$2,000ぐらいだったが、

1988年の死後、

$4,000~$6,000に跳ね上がった。

 

1ドル=125円~140円まで

円高が進行したにもかかわらず、

日本では、おそらく元値の5割増から

2倍、モノによっては

3倍ぐらいで売られていたはずだ。

 

国内外の価格差が大きかった頃、1989年の雑誌広告(『ビリヤードマガジン』1989年2月)
国内外の価格差が大きかった頃、1989年の雑誌広告(『ビリヤードマガジン』1989年2月)

 

******

 

1988年当時、

最も高値で取引されたのが、メウチ社の

1982年製『キング・ジェームス』。

 

MeucciのKing James
MeucciのKing James

 

デザインは量産モデル『JR-7』と同じだが、

素材に貴金属や宝石をふんだんに

使用した一点物。

 

アメリカを代表するプロプレイヤー、

ジム・レンピが数々のタイトルを

獲得した由緒正しい一本だ。

 

アメリカ本国では、

$17,000で日本人コレクターが購入後、

$85,000で即転売したと噂されていた(※2)。

 

$85,000で取引された事に触れた1991年の記事
$85,000で取引された事に触れた1991年の記事

 

当時の為替レートは1ドル=125円前後。

 

約215万円で仕入れたキューが

約1,062万円で転売されたわけだ。

 

日本国内では「時価1,200万円」と

プライスタグが付けられていた(※3)。

 

オレは1988年秋、東京の上野アメ横に

あったショップにそのメウチがあると知り、

わざわざ見に行った。

素晴らしいキューだと思ったな。

 

アメ横で見てから35年後、2013年の『ICCS』でKing Jamesに再会した

 

やがて元号が平成に代わった1989年に

なると『ハスラー2』ブームは終息。

需要の減少により、

キュー価格は落ち着いてゆく。

 

******

 

1990年代に入ると急激な円高が進行。

1ドル=100円を切り、

1995年には1ドル=84円まで上昇した。

 

単純計算では『ハスラー2』ブーム当時、

約15万円だった$1,000のキューが、

約9万円で買えるため、

バブル経済が崩壊したにも関わらず、

再び数多く輸入されるようになった

(国内外価格差は依然大きかったが)。

 

当時アメリカ国内で話を聞くと、

「日本人が高値で買うから、

キューが値上がりする」と

オレに不満をぶつけてくるヤツもいたほど。

 

しかし、1980年代に製作開始した

若手メーカーであっても、

デザインや特性など、何か光るものが

あれば評価・購入する日本の市場は、

キューの進化に大きく貢献したと思う。

 

マクウォーターやコグノセンティ、

サムサラ、ランブロスなどがその例だ。

 

1990年代末から2000年代初め、

キューのデザインやジョイント構造の進化、

「ハイテクシャフト」の多様化が

急速に進んだのも偶然ではない。

 

アメリカのキューメーカーや

ディーラーからすれば、日本人は上客。

 

当時、売り物のキューを持って

来日することも珍しくなかった。

 

世界のキュー相場は日本で決まっていたのだ。

2000年代後半までは……。

 

******

 

その後、2011年から2012年にかけて、

一時1ドル=77円を切ることもある

円高が進行したが、日本では、

モノやサービスの価格が下がる

「デフレ」が大きな問題となった。

 

キューに対しても安い方が良い、

とする風潮により、手ごろな価格で

ハイテクシャフト装備であれば充分、

という割り切りが広まった。

 

一方で、経済成長著しい中国が、日本に

代わってキュー相場を決める市場となった。

 

同時期、世界ではモノやサービス価格が

上昇する「インフレ」が進行。

 

オレ的な感覚で言えば、

ここ10年でビリヤード用品は

2倍以上値上がりしていると思う。

 

4~5万円程度だったブレイクキューが、

今や10万円を超える、

と言えばわかってもらえるだろうか。

 

******

 

そして、2022年半ば以降、

1ドル=110円台だった為替レートが、

不況と超低金利政策が長引き、円安が進行。

 

2024年7月25日現在では

1ドル=153円台で推移している。

 

2012年当時で$1,000程度のキューが、

現在は値上げして$2,000だとすると、

日本円に換算すると当時8万円だったものが、

約32万円になっているということだな。

 

また、「少量生産メーカーの

カスタムキューは高性能」という

暗黙の了解が薄れ、

「どのメーカーのキューでも

シャフトやタップ次第」と

プレイヤーが考え始めたのも大きい。

 

特に2016年に登場したプレデター社の

カーボンシャフト『REVO』は、

それまでのキューに対する価値観を

根底から覆すほどのインパクトがあった。

 

PREDATOR REVO
PREDATOR REVO

 

キューの性能に対して出費は惜しまず、

使ってナンボで評価するのが日本の特徴。

 

インレイのデザインや珍しい銘木に

お金を向けるより、シャフトやタップに

払う割合が、『REVO』登場以降

大きくなったとオレは思う。

 

シャフト単体の価格が5万円を

超えるようになったのはこの頃からだ。

 

さらにカーボンシャフトを手掛ける

メーカーが増え、キューの「生産国」に

こだわらないプレイヤーも増えていると思う。

 

キューはアメリカ製という考えは薄れ、

どこで製作されていても、

「良いものは良い」と思うプレイヤーが

多いのではないだろうか。

 

******

 

長く続くデフレと最近の急激な円安傾向で、

今や海外でカスタムキューを買おうとしても

他国に「買い負ける」だけでなく、

「日本で売っているものは、

外国人が全て買ってゆく」時代。

 

BIS(国際決済銀行)発表の

実質実効為替レート(※4)で比較すると、

現在は1ドル=360円だった

1970年ごろと同水準。

世界の基準から見た日本の経済力は

下がり続けている。

 

外国人観光客が

「日本はモノもサービスも安い」と

喜んでくれるのは、

決して良いことばかりではないのだ。

 

経済状況はやがて変わるとは思うが、

変えてはいけないのは

「道具としての良し悪しを的確に判断し、

モノを大切にする」精神。

 

幸いにも、日本には良質なキューを

製作する様々なメーカーが存在している。

 

「自分に合うキューの見極め」と、

「キュー合わせる努力」は

これからも変わらない。

 

オレのキュー好きは、まだまだ健在だぜ BD!

 

…………

 

※1 岡田康彦著 1973年 有紀書房(資料協力:I氏)

※2 The Snap Magazine, May/June 1991, OTS Publications

※3 ポケットハウス1988年11月号 村田幹男

※4 貿易額や国ごとの物価動向も加味して算出される指標。詳しくは各自調べてくれ。

 

…………

 

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