〈BD〉ビリヤードのレフェリーの責務と役目とは? EPBFレフェリー長、ロマン・ミラクメドフ氏インタビュー

© Kakuma Mori 2024
© Kakuma Mori 2024

 

“静のスポーツ”ビリヤードは

常時動きっぱなしのスポーツに比べると、

レフェリーの出番は少ないかもしれません。

 

それでも、最少番号の的球に

正しく当たったか否か、

ノークッションか否か、

球触りか否か……など、

レフェリーに裁定を委ねる場面は

よくありますし、

 

コールショット制の試合で

「言った・言わない」は

以前から論争の的になりがちです。

 

少なくとも公式戦では

大会の規模問わず各テーブルに一人、

レフェリー(審判員)が付くことが

理想ではあるでしょう。

 

とはいえ、プロビリヤード界の現状は

そうではありません。

 

日本でも海外の大会でも、

「一人のレフェリーが複数台を同時に見る」

「TVテーブルだけレフェリーが付きっきり」

ということがほとんどです。

 

まれに予選から1台に一人レフェリーが

付く国際大会もありますが、

その実態は、競技経験や審判経験に乏しい

いわばボランディアスタッフ

(手の空いた運営スタッフなど)が

臨時で駆り出されているだけ

ということもあります。

 

また、ライブ配信が普及したこともあり、

最近は「疑惑のショット・疑惑の判定」が

すぐ拡散されたり、

プレイヤー自身がSNSなどで

裁定に苦言を呈したりして、

望まない形でレフェリーに注目が

集まってしまうこともあります。

 

さて、本稿では、

プールビリヤードの国際大会を

裁いているレフェリーの

仕事の実態と信条をお届けします。

 

『ヨーロッパ選手権』

『ユーロツアー』といった、

プールビリヤード界屈指の

歴史と伝統を誇るイベントを主催する

EPBF(ヨーロッパポケットビリヤード連盟)。

 

そのEPBFのヘッドレフェリーである

ロマン・ミラクメドフ氏

(Roman Mirakhmedov)に

お話をうかがいました。

 

運営スタッフと話をするミラクメドフ氏(右)
運営スタッフと話をするミラクメドフ氏(右)

 

ミラクメドフ氏は、

カナダ・カルガリー出身で

現在はドイツ・ミュンヘン在住。

職業は世界最大級の

経営コンサルティングファームの営業部長。

 

EPBFでは2008年から主任レフェリーや

レフェリーディレクターとして活躍。

 

IOC(国際オリンピック委員会)からも

ビリヤード競技の公式審判員として認められ、

多くの国際大会の審判を務めながら、

審判団のマネージメントや

後進の育成にもあたっています。

 

そんなミラクメドフ氏に、

プエルトリコのトーナメント会場

(『プエルトリコオープン』

『チャレンジオブチャンピオンズ』

『ミックスダブルス』

女子10ボール世界選手権』)で、

 

ビリヤードプレイヤーのためのメンタルトレーニングガイド

著者のK. MORI氏がインタビューしました。

 

試合の「黒子」「裏方」サイドから見る

プール国際大会とレフェリーの実情。

新しい視座を得られる内容でした。

 

ーーーーーー

 

 

――ロマンさん、ありがとうございます。早速ですが、このような大きなイベントで試合を裁く上ではどのような課題がありますか?

 

ロマン・ミラクメドフ氏(以下、M):いくつかありますが、問題が発生しやすいのは「何かが変わった」時です。一例を挙げると、私達EPBF(ヨーロッパポケットビリヤード連盟)審判団が初めてプレデター社に招かれて、彼らのイベント、PBS(プロビリヤードシリーズ)で仕事をした時、私達は以前の審判団とは少し違うやり方で裁きました。ルールについてより正式にかつ厳格に裁いていたので、一部の観客は驚いたようです。さらに、プレイヤーの多くがルールや規則にあまり注意を払っていないことに気付きました。

 

私達はコミュニケーションを取るために最善を尽くしていますが、それでもプレイヤーの多くはルールをしっかりと読んではいません。たとえそれが明示されていても、イベントの前に何度か伝えていても、ひとたび彼らの慣れ親しんだ方法や期待していたことと違う事態が起きると、彼らは動揺してしまいます。しかし、これは学習曲線のようなものだと思っています。誰もが学べば上手く行くようになります。

 

――他にもありますか?

 

M:もう一つの課題は、それが正しいか間違っているかに関わらず、一つ二つの不満の声が非常に大きく広まることがあるということです。誰かがあるルールや裁定に対して不満を抱き、それについてSNSなどで声高に主張することがあります。その人は言いっぱなしで、実際に何が起こっていたのかまでは正確に伝えないかもしれません。しかし、私達はそこに行って「それは事実と違います」「申し訳ありません、間違っていました」などと言う立場にはありません。私達は黙っています。でも、そんな発言をした人がのちに事実とは違っていたことに気付いたとしても、めったに「実は私が間違っていました」と書くことはないと思います。そういった、「ある事柄が正しく描写されないことによる悪影響」に対処するのが難しいという事態はありますね。

 

――そうでしたか。

 

M:私達はサービス(役務)を遂行する立場にあり、サポートの立場にいます。私達の役割は、結果が全てのプレイヤー達にとって競技が公平に行われていることを保証することです。しかし時々、プレイヤーが自分達にとっての「不運な事象」を公表することもあります。その言い分が正確ではなく、主催者を不当に貶めるようなものである場合は、その発信はこのスポーツ全体にとってメリットがないと思います。また、私達審判団には「SNSで返信することを許可しない」というポリシーがあります。誰かが「この審判は悪い」と言っても私達は声を上げません。しかし、それはレフェリー達自身にとっては難しいことだと思います。なぜなら、レフェリー達は「最善を尽くしているのに」と思っているからです。

 

ですが今日現在、私達はこの姿勢でかなり長い間やり続けてきて、ほとんどの場合はプレイヤー達や運営スタッフ達から非常に敬意を払われていますし、支持的な態度で接してもらえることを非常に幸運に思っています。ですから全体として、15年前などに比べてはるかに良い相互尊重があると思います。これは私の意見なので、もしかしたら間違っているかもしれません(笑)。

 

――国際大会の審判のトレーニングにどれくらい時間をかけていますか?

 

M:通常EPBFでは3日間のレフェリートレーニングコースを設けています。受講者は「すでに自国の審判として経験があること」が望ましいです。例えば、日本のビリヤード協会主催・公認大会でレフェリーを務めた実績があるなどです。私達とともに世界レベルでレフェリーをしたいと思った場合は、3日間みっちりトレーニングコースに参加していただきます。そこではルールについて話す際に、ルールブックを座って読む訳ではなく、「ルールの空白」をどのように埋めるかを議論します。ルールは、単に起こりうる全てのことを記述するためのものではなく、「これが私たちの考え方です」と問題解決の道筋を示すものです。ですから、トレーニングコースの主眼はルールに記載されていない状況でどのように考えるべきかに置かれています。そうやって正しいメンタルモデルを構築すれば、仮に私と同僚がそれぞれ別の現場にレフェリーとして赴き、そこで全く同じ事象に直面した場合でも、下す裁定はほぼ同じものになるはずだからです。

 

――たしかに。

 

M:そうやって3日間で、試合中にどのように働くか、どのようにメディアに対処するか、対立が起こった場合どう解決するか、どうすればよいかわからない時にどのようにルールを適用するかを教えます。そして、最後に試験があります。ルールに関するトリッキーな質問をしたり、突発的な事態が起こったらどう動くべきかなどを問います。そして、受講者のテーブルでの動きも見ます。彼らが合格すればライセンスを取得し、私達は彼らをイベントに連れて行きます。しかし、これはまだ旅の始まりに過ぎません。なぜなら、本当のスキルはトレーニングコースからではなく、その後、実際のイベントである程度仕事に就いた時に得られると思っています。

 

そして、イベントでは私を含め主任レフェリー達はテーブルに付いているレフェリーへのフィードバックも行います。なぜなら、日本ではどうかはわかりませんが、多くの国ではビリヤードはそれほど金銭的に恵まれたスポーツではないので、ナショナルチャンピオンシップ(その国の選手権大会)などの期間中に、トーナメントデスク(運営席)に座っているレフェリーが一人だけということがよくあります。ですから、実際に特定のテーブルに張り付いて仕事をした経験がある人は少ないのです。

 

試合中、メモを取るミラクメドフ氏
試合中、メモを取るミラクメドフ氏

 

――以前ラスベガスのPBSイベントのTVテーブルの観客席で、あなたが熱心にメモを取っているのを見たことがあります。

 

M:今の私の役目は他のレフェリー達にフィードバックを与えることです。私達のレフェリーは皆、全てのトーナメントでレフェリングに対する評価を受けます。私はある試合を担当するレフェリーに試合を見ることを伝え、試合後そのレフェリーにフィードバックを与えます。何が良かったのかを伝え、何か改善点があればそれも提案します。

 

――今ここ(プエルトリコ)にいるレフェリー達は、何年くらいの経験を持っていますか?

 

M:人によって異なります。歴20年くらいの人もいますが、歴2、3年しかない人も数名います。ですが、経験の浅い彼らがコースやグループの中でトップパフォーマーだったりします。

 

――プレイヤーが犯してしまう、よくある違反は?

 

M:例えば、10ボールのルールでは「明白でない全てのショットはコールしなければならない」とされています。時々、常識的に誰の目にも明らかなコンビネーションショット(コンビ)がありますが、ルールの適用という観点からは、それに従いやすいようにどこかに線を引くことが重要です。そこで私達は「全てのコンビネーションショットは、もし明白に見えても、コールされなければならない」と言います。なぜなら、もし私達が「これはコールする必要はありません」と言ったら、どこで「明白か否か」の線を引けばいいのかわからなくなるからです。

 

似たような話として、プレイヤーはプッシュアウトのコールを忘れてファウルを取られることがありますが、それも同じことです。私達が「ファウルだ」と主張するのには理由があります。昨年『ユーロツアー』のあるイベントの決勝戦あるいは準決勝だったと思いますが、あるプレイヤーがプッシュアウトをコールするのを忘れました。そして、2017年の台北の『ユニバーシアード』でも、モンゴルと台湾のダブルスの試合で同じことが起こり、騒動になりました。誰かがプッシュアウトをコールするのを忘れた場合は、残念ながらそこでファウルをコールしないと公平ではありません(※筆者注:今回の『女子10ボール世界選手権』でも起こっていた)。

 

――最後の質問です。プロビリヤード競技の分野でレフェリーにとって最も重要な資質は何ですか?

 

M:良い質問ですね。二つ挙げてもいいなら答えやすいです。まず一つは、このプールビリヤードというスポーツをサポートすることに本気でコミットするという個人的な資質が非常に重要だと思います。私はどのトーナメントでも開催前に全てのレフェリーに「飛行機に乗る時に時間を取ってルールを読んでください」と頼みます。私自身ルールを100回くらい読んでいますが、それでも読むたびに「この単語、何度も読んだのに意識していなかったな」と気付きます。同じように、もしレフェリー達が本気で取り組んでいれば、自然とルールを読むはずです。好奇心からルールを学び、それにより問題が起こる可能性が減ります。ですから、このコミットメントは非常に重要だと考えます。

 

――もう一つは?

 

M:選手にプレッシャーをかけるのではなく、プレッシャーを取り除く能力が大事だと思います。それが人間のどのような資質に呼応するのかわかりませんが、私達が若い頃や経験が少なかった時は「レフェリーはテーブルのマスターでなければならない」と考えてしまうものです。ある一面ではそれは正しいのですが、そういうレフェリーは、例えばある2人のスーパースターの試合で何か問題が発生した時に感情的に対処してしまうかもしれませんし、礼儀正しく振舞うのが難しくなってしまうかもしれません。もしくは怖気付いてしまって困難な状況から身を引いてしまうかもしれません。それでは役に立ちません。もちろん私達はビッグイベントの決勝戦などクリティカルな試合にはより経験豊富なレフェリーを配置するようにしていますが、その試合を受け持つレフェリーが誰であって落ち着きを持つことが重要だと思います。

 

「私は裁定を下すためにここにいるが、動揺したり怒ったりはしない」というバランス感覚を身に付けることが大事なのです。特にメインテーブルでは多くの人がライブ配信であなたを見ていて、目の前にも多くの観客がいて、何らかの事象が発生した時にもしあなたがミスをすれば、誰もがそれを知ることになるとわかっています。ですから冷静さを保つこと。そして、私達は試合をサポートするためにそこにいて、対立を増やすのではなく解消するために存在しているのを忘れないことが非常に重要です。これはおそらくコミュニケーション能力や、他者に敬意を払いながら自信を持つ能力と関連しています。そして、多くの人は年齢を重ねるにつれて、あるいは経験を積むことでこの力が伸びるでしょう。私個人としてはこの2点がレフェリーにとって重要な資質だと考えています。

 

――貴重なお話、ありがとうございました。

 

(了)

 

 

◇ 筆者取材後記:

 

2022年のプエルトリコラウンド(8ボール世界選手権/9ボール世界ジュニア/プエルトリコオープン)ではアメリカの審判団が裁いていましたが、2023年(世界チーム選手権/プエルトリコオープン)にはEPBF審判団が派遣されていました。

 

今年2月のラスベガスラウンド(10ボール世界選手権/ラスベガスオープン/ミックスダブルス/ウィメンズショーダウン)もEPBFの審判団がメインで、アメリカの審判が数人そこに加わるという形でした。

 

特にこの時のラスベガスでは、事前にYouTubeでルールガイダンスをビデオなどで配信していたにも関わらず、バンキングの際にプレイヤー自ら手球を置き直してファウルを宣告されたり、スマホなどの電子機器をテーブル周りで使って警告を受けたり、服装規定違反があったり、既にタイムアウトを取っていた選手がトイレに行きたくなり、その対応を巡ってひと悶着起きていたりと、色々な事象が発生し、ミラクメドフ氏など主任レフェリーの元にクレームを入れるプレイヤーの姿も見られました。

 

今回の『女子10ボール世界選手権』(プエルトリコ)では、試合前の説明なども比較的丁寧に行われていたようです。プレイヤーが10番を入れた後、レフェリーがテーブル上に手を広げ、プレイヤーがボールに触らないように(=手球が動きを止める前にポケットから的球を取り出さないように)するという工夫も見られましたし、特に大きな問題は起きていませんでした。

 

以前から度々、レフェリー長のミラクメドフ氏とは顔を合わせることがあり、日本人選手からのルールに関する質問などもお伝えする機会がありました。いつもわかりやすく説明していただき、非常に言葉を選んで話されている姿が印象に残っています。

 

レフェリーはSNSなどで一方的にプレイヤーから問題点を指摘されることもあります。しかし、インタビューにもあるように彼らが個人で釈明することはありません。また、プレイヤーは自分が撞いていない時は椅子に座れますが、レフェリーは試合中ずっとテーブル脇に立ち、進行を注視しています。長時間にわたり高い集中力を維持しなければならないとてもハードな仕事です。審判団には心からの敬意と感謝の意を表したいと思います。

 

興味がありましたら、ミラクメドフ氏の動画もご覧ください。↓

 

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