テーブルメンテナンス職人・増木宏次さん

2015年10月

 

恐らく日本で数十人。

 

それが、テーブル設置や

ラシャ交換を生業としている

「テーブルメンテナンス職人」の数。


人数は少ないけれど、彼らがいなければ、

ビリヤード場を構えることも

特設会場で大会を催すこともできない。

そんな縁の下の力持ち。

 

ビリヤード好きが高じて

この道に進んで12年目になるのが、

 

現在、MECCA専属の職人として働く

増木宏次(ますき・ひろつぐ)さん。

 

テーブルに触る仕事との出会いや

求められる資質、やり甲斐を感じる時などを

うかがってみた。


取材・文・写真/BD

取材協力/BAATA識名店

 

…………

 

増木宏次さん

Hirotsugu Masuki

 

生年月日:1980年1月22日

出身:東京都伊豆大島

在住:神奈川県横浜市

プレー歴:16年(19歳から) Aクラス

職人歴:約11年 

MECCA専属(2009年より)

 

 

――ビリヤードとの出会いは?


「僕は伊豆大島育ちなんですが、高校を卒業して島を出て、初めて住んだのが横浜の日吉でした。そこで『紅白』(ビリヤード場)にふらっと行ってしまって、一発でドはまりしましたね。浪人中だったんですけど(笑)」


――競技志向になっていったのですか?


「しばらくずっとそうでした。プレイヤーとしての師匠は紅白の永松宣明プロ(JPBA)です。ハマってしばらくして紅白でアルバイトさせてもらって、その後、『ミッドナイト』(本厚木)でオープニングスタッフとして働かせてもらいました」


――どのようにして職人の道へ?


「スタッフを辞めた後も、ちょこちょこ別のアルバイトをしながらミッドナイトで球ばかり撞いてたんですが、KPBA(神奈川アマチュアポケットビリヤード連盟)の先輩だった木下(和人)さんが、テーブル関連の仕事をやっているというのを知って、『ぜひ僕もやってみたい』と思ったんです。もともと物をいじるのは好きだったのですごく興味がありました。

 

 それで、24歳の時に挨拶に行き、弟子入りした格好ですね。それから一緒に現場に行くようになって、どんどんこの仕事にのめり込んでいきました」


――最初の現場は覚えてますか?


「よく覚えてます。福島県・郡山での設置の現場でした。完成した時、本当に気持ち良かったですね。今でも新店舗でのテーブル設置はすごく達成感があるんですけど、未だにその最初の現場の『あ~、やったな』っていう感覚を覚えてます」


――その頃、プレイヤーとしては? まだバリバリ撞いてましたか?


「その頃は毎日欠かさず(笑)。ただ、優先順位はだんだんと職人方面に移行していったと思いますね」


――仕事も遊びも……一日中ビリヤードですね。


「そうですね。何かしらでずっとテーブルを触ってました(笑)」

 

 

――ビリヤードのテーブル職人になるために、特別な免許や資格は必要ないですよね?


「ないですね」


――では、増木さんはどのぐらいの経験を経て「一人前」になったのでしょうか?


「まず、まだまだ上があるので日々勉強中です。でも、僕は割と早く一人で現場に行かせてもらった方かなと思います。ある程度ひと通り出来るようになって、1年~1年半くらいしたところで『一人で行ってみろ』と言われて。その時点で自分では一人前だとは思ってなかったです。

 

 でも、一人で行って色んな壁にぶつかることによって、様々なことを覚えられるし、自分で考えたりできたと思います。今も常に『こうしたらいいのかな』ということを考えてます」


――特に習得に時間がかかる技術とは?


「やっぱり『水平』ですかね。皆が一番シビアに見るのがそこです」


――そこが肝と言える部分?


「そうですね。ビリヤードテーブルを触る上で、水平を取ることが一番の基本ですし、最も大事なところです。例えば、ラシャの引っ張り方というのは職人それぞれのスタイルがあって、『縦が大事』とか『横をこうやって』なんて話にもなりますが、水平に関しては職人どうこうではなく、お客さんが撞いた時にどう感じるかだけなので。しかも、季節によって読みが変わったりもしますし」


――台を設置する時だけじゃなくて、ラシャを張り替える時にも水平はチェックするんですか?


「はい、必ずチェックします」


――増木さんは今まで何台くらいラシャを替えて、何台くらいテーブルを設置してきたのでしょうか?


「台数ですか!?(笑) う~ん、3,000台近くは張り替えているのかな。設置はそこまでは多くなくて、300台近くですかね」


――ラシャ張り替えの仕事は、お一人で?


「基本は一人です。ただ台数が多い時は木下さんに来てもらったりとか、助手を雇ったりとか」


――張り替えに要する時間は?


「だいたい1台3時間ですね」


――設置は一人では出来ないですよね?


「たいてい弊社の銘苅(朝樹プロ)が重いものを持つ担当です(笑)。誰よりもパワフルなので」


――設置にかかる時間は?


「6時間くらいです」


――MECCAさんは沖縄のビリヤード場のテーブルメンテナンスも数多く引き受けておられますね。


「はい、年2回くらい定期的に沖縄に行って、まとめて何軒ものラシャの張り替えをやらせていただいています。僕はこの仕事に入ってすぐ、2005年から沖縄に行ってます」


――そんなに前からでしたか。沖縄上級者ですね。


「数えきれないほど来てますが、ビーチは2回しか行ったことがないです(笑)」


――先日『BAATAオープン』の時期に沖縄で増木さんにお会いしました。あの時は何日間の出張だったんですか?

 

「26日間滞在しました。50台ちょっと触りましたね。ほとんどがラシャ張り替えで、設置は5台。それは浜田(宗一郎)さんの新店の『SOUTH』さんです(2015年11月オープン)」

 

 

――増木さんが特に好きな工程とは?


「なんでしょう……やっぱり張る(貼る)工程が一番好きですかね。クッションを貼るのも、"平"(ひら。ラシャ)を張るのも両方好き。"出来上がっていく"感じがするので」


――この仕事でやりがいを感じる時とは?


「台が組み上がったり、ラシャが張り上がった時の、お店の方の笑顔を見た時ですね。新しいおもちゃを手にしたみたいに『うわー! 新しい!』なんて言ってくださるのはやっぱり嬉しいです」


――反対に『この仕事、きついな』と思うところは?


「両手の指先がお父さんのカカトみたいにカチカチになって、指紋がなくなって、冬場だとひび割れたりたりすることかな(笑)。しょっちゅうハンドクリーム塗ってます」


――痛そう……。


「痛いのは手の皮が剥けちゃう時ですね。今はもう皮が固くなってるから剥けることも無いんですけど、僕はラシャを張る時に全部手で引っ張るんで、以前はすぐ皮が剥けてたんですよ。剥けたところをテーピングでとめて、血がラシャに付かないようにしてました」


――今まで危険な目に遭ったことは?


「幸いなことに、絆創膏一枚で済む程度の怪我しかしてません。石板を持ってる時に階段で足を滑らせたこともあるし、電動タッカーで手を打ったこともありますが、大事には至ってません」


――いや、想像したら冷や汗出てきました……。この仕事を志す人にとって大事な資質とは?


「我慢強さでしょう。この仕事、慣れるまでは同じ作業をずっと繰り返しているように感じられると思うんです。ただただ体力を奪われる淡白な仕事に思えたり。でも、実際はテーブル一台一台、状態やクセが違うんで、作業内容もちょこちょこ変わるし、そこまで流れ作業ではない。そこに気付くまで根気強く仕事ができるかじゃないでしょうか」


――なるほど、我慢強さですか。体力はあって当たり前ですか?


「たしかに体力も必要ですが、それはやっていれば付きますから。それよりも根気です」


――増木さんを見ているとお店の方とのコミュニケーションも上手だなと思うのですが、それもやっていくうちに磨かれるものですか?


「僕は仕事で磨かれましたね。それから、他の業者の方と一緒の現場に行った時に、そういう人たちがお店の方とどう接するのかも見てきました。職人同士で飲みに行った時にそんな話題になることもあるので、どういう喋りをすれば良いのか他の方から聞き出したり(笑)」


――営業マンが同行する訳ではないですし、職人といえど、テーブルを触るだけではいけないのでしょうね。

 

「その意識はすごくあります。直接お店の方と顔を会わせるのは僕のような立場ですからね」

 

 

――今までで強く印象に残っている現場がありましたら教えてください。


「そうですねぇ……まだ弟子だった時代にヘルプで行った現場です。都内のあるオフィスにテーブルを設置したんですが、そのテーブルが独特な構造で、石板はエレベーターに載せられたんですけど、枠や土台がバラせなくてエレベーターに載らず、16階まで階段で上げたんです。あれはキツかった(笑)」


――16階……!! ちなみに、11年やってきておられる職人の目線で、テーブルやラシャの"流行り"を感じることはありますか?


「ありますね。『最近これがきてるのかな』みたいな」


――良ければ具体的に教えてください。


「関東での話になりますが、以前は『シモニス』が多かったんですけど、最近は『ブリエ』が増えてきたなと思います。実際、依頼も増えてきました。また、シモニスも、僕がこの仕事を始めた頃は『ナナロク』(760。転がりが速い方)が多かったですが、最近では『ハチロク』(860)の方が多いなと」


――ブリエが増えている理由は何だとお考えですか?


「やはり国内の大きな大会でよく使われているからでしょう。プロなら『全日本選手権』や『ジャパンオープン』、アマなら『都道府県対抗』や『全日本アマチュアポケットビリヤード選手権』(アマローテ)など、特設会場で行われる大会のほとんどがブリエなので。そういった大会に出場するプロ・アマが所属しているお店から、試合対策として『張ってほしい』という依頼はよくあります」


――ちなみにプレイヤーとしての増木さんが好きなコンディションは?


「僕は重い方が好きですね。緊張すると柔らかく撞くのが怖くなっちゃって、しっかり撞きたくなるので。そして、新(さら)ラシャが好きですね。キュー切れがないから新ラシャの方が撞きやすいんです(笑)」


――今後のヴィジョンなどがありましたら。


「そうですね……職人としての話というよりは個人的なものになりますが、立場上、色々なお店のオープンに立ち会ったり、多くのオーナーや経営者とお話する機会があるので、いつか自分も『経営』をしてみたいと思うことはありますね。例えばビリヤード場を。職人としては、早く相棒なり相方が欲しいですね。基本的に現場は一人のことが多いので、孤独といえば孤独なんです。『一緒にやってくれる人、募集中』って書いておいてください(笑)」

 

(了)