身長180cm、体重90kg。
特にトレーニングをした訳ではなく、
20年のテーブル仕事によって
自然に作り上げられた肉体。
ニューアートのテーブルスタッフチームの
リーダー格の石井峰和さんは、
おそらく国内の現役テーブル職人で
最も立派な体格の持ち主だろう。
BDはこの10数年の間に3、4回、石井さんの
施工現場を取材させていただいたことがある。
しかし、それは「テーブル」や
「施工の工程」が主題だった。
石井さん個人のことをうかがうのはこれが初めて。
この仕事に就いた経緯や、
業務の実態とやりがいなどを聞いてみた。
取材・写真・文/BD
取材協力/デキシークラブ船橋店
…………
石井峰和さん
Minekazu Ishii
1973年11月28日生
千葉県千葉市出身
有限会社ニューアート営業部 課長代理
高校卒業後、文房具・事務機器を扱う商社に勤め、
約3年在籍したのち(有)ニューアートへ。
テーブルメンテナンス職人歴は約20年。
――いつも思いますが、石井さん、立派な体格ですよね。何かスポーツをしていたんですか?
「昔から身体が大きい方で、学生の頃は柔道をやってました。この仕事に就くまでは痩せてたんですが、始めてからどんどん身体がおっきくなりました。毎日が筋トレみたいなものですし、飯もいっぱい食べてたので。今はあまり食べないようにしているぐらいです(笑)」
――この仕事、体力勝負ですよね。
「はい。体力だけは誰にも負けない自信があります。でも、20年ぐらい前、入ったばかりの頃はすごくきつかった。職人仕事なので朝早いですし、夜遅いこともある。体力はいるし、覚えることは多いし、車も運転しなくちゃいけない。この仕事には免許がある訳じゃないので、伝わってきたものを覚えて自分で考えてものにしていかなきゃいけないんですね。だから頭も使って全身ヘトヘト(笑)。
それでも当時は21~22歳だったから、ちゃんと寝れば翌日には回復してるし、身体も作られてきた。でも、やっぱり遊びたい年頃じゃないですか。ドライブとか球撞きにも行ってて、そうすると余計に翌日はきつかったです(笑)」
――この仕事に就いたきっかけは?
「文房具商社勤めの頃に、ニューアートの先代社長の田村(六正氏)と色々とご縁ができたんです。その頃、人手が必要だったようで『うちを手伝ってくれないか』と。文房具の方もやりがいを感じていたので迷いもありました。でも、ビリヤードは好きでしたし、学生の頃に建築関係の勉強をしていて木工には理解があった。それで入ることにしました」
――入ってすぐにテーブル職人になったのですか?
「はい。うちは経理と輸入担当以外の男性社員はまずテーブルに触るんです」
――えっ!? となると、男性社員の多くがテーブル業務を覚えるんですね。社長も?
「はい、社長も。今はほとんどやりませんが、上手いですよ(笑)。今、テーブル業務をやるのは基本的に5名で、現場が重なった時などは最大であと3、4名は動けます。仕事の規模やお客様との関係性などを考慮して、臨機応変にチームを組めるのはうちの強みだと思います」
――平均的な1日は?
「朝4時くらいに起きて、まず会社に行って、その日のチームで車に乗って現場へ。施工して会社に戻って来るのはだいたい19時。それで20時に帰宅して食事・風呂・就寝という感じです」
――1日に何店舗も掛け持ちってこともありますか?
「あります。最大で1日3店舗ぐらいですね」
――石井さん、もしかしてこの仕事で全都道府県行ってます?
「行きました」
――長い時で1回の出張で何日ぐらい行きますか?
「だいたい10日間くらい。スタッフが複数いるので、それ以上長くなることはあまりないですかね。もし長くなる場合でも、1週間~10日で一度帰って来ます。工具や材料、ラシャなどの補充も必要なので」
――1台組み立てるのも相当な時間がかかると思いますが、過去に1日で最高どのぐらいの台数を施工したことがありますか?
「これまでに社としての最高は、1日で組み立て14台、ラシャ張り替
――施工するテーブルの何割が、いわゆる『競技台』タイプですか。
「8割ぐらいですね」
――テーブル職人に必要な資質とは?
「身体が資本なのでまず体力。それから、体調管理能力、忍耐力、考える力、応用力、提案力……などでしょうか。そういう資質を持っている人は長く続きます。それは他社の職人さんを見てても思います。性格的には細かい作業が好きな人とか、色んなことを考えられる人とかですかね」
――職人って一人ひとりが自立した「プロ」ですよね。
「そうですね。僕ら一人ひとりが『ニューアート』という看板を背負っている。その自覚は常にあります。また、先輩方から技術を受け継ぎ、社員同士で切磋琢磨しながら、皆一人前の職人になってきたという意識もある。それに加えて、他社の職人さんとも意見交換したり、作業を見たりなんてこともたまにあります。そうやって職人としての自分が形作られてきたと思います」
――やりがいを感じる時は?
「以前は、僕らが施工したテーブルでプレイヤーが楽しく撞いてるのを見るたびに感じてました。今はもっと先というか、広く見るようになったと思います」
――それはどういうことですか?
「テーブルを触る人間としてビリヤード業界に何が出来るんだろうと。この場合の"業界"というのはビリヤード場とそこに遊びにくるお客さん。球撞きをするお客さんに一番輝いていてほしいと思うんですが、じゃあ、テーブルに求められてることって何だろうと。より良いプレー環境を作るために、お店側と相談とか提案といった段階から関わらせていただける時が嬉しいですね。それで球を撞くお客さんが満足してくださるようなテーブルのセッティングができた時にやりがいを感じます」
――ただ組み立てるだけじゃない、と。
「はい。要求に応えて職人として高い水準の施工をするのは当たり前の話です。僕らは全国に行きますし、地域ならではとかお店ごとの環境やビジョンが頭に入っています。
テーブルのセッティング一つとっても、流行りもありますし、お店お店で好みが違ったり、地域的な傾向があります。そこを踏まえた上で、お客さんが楽しくたくさん撞いてくれるセッティングとは? というところまで考えられるようになってきました。そうすれば結果的にお店も潤うようになる訳ですから。最終的には『ニューアートさんに相談して良かった』と会社としてお褒めいただけることが嬉しいです」
――「流行り」という言葉が出てきましたが、最近の流行りとは?
「どちらかと言えばですが、最近は重ためのクロス(ラシャ)が主流ですね。『ブリエ』とか『シモニス860』とか。20年くらい前は『シモニス760』に代表される速いクロスが求められてました。それから、中国や台湾製のポケットビリヤードテーブルは減ったと思います。台の造りが悪いって訳じゃないです。ただ木材を見ると、ブランズウィックやダイヤモンドなんかと比べると耐久性が違うとは思います」
――キャロム台やスヌーカー台も触りますよね?
「はい、面白いですよ、キャロムもスヌーカーも。キャロム台って意外と個体差があるので、その差をいかに小さくしつつ要望に合わせていくのか、長年の経験が問われます。基本的にラシャを強く張って目をキレイに出さなきゃいけません。そして、どちらかと言うと、キャロム台の世界ではラシャ以上にテーブルの種類やクッション
スヌーカー台はクッションを貼る手順からしてポケットテーブルとは全然別物ですし、場数を踏んでいかないと覚えられないですね」
――テーブルって組み立て説明書はないですよね?
「はい、ありません。でも、初めて触る台でも、箱を開けて、大まかな構造やパーツやボルト類を見れば工程がイメージできます。現場でもだいたいそのイメージ通りに組めますが、余計な加工なしでカチッと組み付けられる台は職人的には『良い台だな』って思います」
――石井さん、テーブルの話になると止まりませんね。お好きなんですね。
「はい、好きじゃなきゃこの仕事、やらないですよ(笑)。世界には本当に色々なテーブルがあるなと思います。初めて触る台とか珍しい台を海外から入れて、箱を開ける時は今でもワクワクします。検品をするんですが、その時に石板が割れてないかというドキドキと、実物はどんなだろうというワクワクと(笑)。日本で見られるテーブルって本当に一部だと思うんで、新しいテーブル、知らないテーブルにもっと触りたいって気持ち、ありますね」
(了)