今年も挑戦者・大坪和史は
巧みなプレーを見せていた。
特に第1セットの内容は鮮烈だった。
今年も最も近くで大坪の球を
見ていた名人・喜島安広は、
いち観客になってしまいそうな
気持ちを押し留め、
冷静にセット獲得のための
最善手を打ち続けた。
守りながら攻め、攻めながら守る。
布石を打ち、一気に回収する。
壁を築き、相手の勢いを殺す。
ラックを譲り、セットは取る。
――手球含め16個のボールを介して
テーブル上でローテーションを
語り合う両者。
これぞまさに名人位決定戦の醍醐味。
知力と体力の限りを尽くした決戦は、
今年も喜島に軍配が上がった。
「展開に恵まれた」と本人は語る。
しかし、ツキを呼び込めるのも
覇者の資質と言えるだろう。
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――長い戦いを終えて5度目の防衛に成功しました(通算在位は7期に)。
喜島:防衛できてホッとした気持ちと、2年連続で大坪さんと戦えることになって試合を楽しみにしていたので、「終わっちゃったな」という感覚もあります。
――今年はどんな準備をしていましたか?
喜島:これまでとあまり変わりません。一人で撞く時間もありましたし、SPA(埼玉ポケットビリヤード連盟)の方にローテーションの相手してもらったり、ですね。
――昨日、セットの合間に「やっぱりニューボール(※試合の朝に開封して使う)になると、練習の時とは動きが変わって難しい」とおっしゃっていました。具体的にはどう変わるんでしょうか。
喜島:ニューボールの方が普段よりも転がる感じです。クッションも少し速かったような気がします。でも、はっきりとは言えないですし、自分が合わせられていたのかどうかもよくわかりません。やっぱり緊張もしてましたし、自分の右手がおかしかっただけかもしれないです。フリもよく間違えてましたしね。あの緊張感は去年と一緒でした。
――と言いつつも、今年は序盤から両者ともに良い状態と言いますか、あまり硬さがないように見えました。
喜島:そうですね。序盤は普通というか、去年よりは良かったと思います。特別な準備をしていた訳ではないですけど、頭からよく撞けたらいいなとは思ってましたし、この1年で少しは成長できたのかもしれません。
――第1セットは相手に先取されましたが、第2、第3セットあたりまでは喜島選手のショットの状態がよく見えました。ですが、第4、第5セットは……。
喜島:はい、あのあたりはエネルギー切れになってしまった自覚があって、試合にちゃんと入り切れてないというか、集中できてない時間帯だったと思います。ただ、そんな自分に対して感情的になってイライラしたり、気持ちを上下させたり、頭が回ってないまま撞いて調子のムラが出てきちゃうのは嫌だったんで、ミスしても落ち着いて席に戻るようにしてました。
――そうでしたか。何度もこの決定戦を戦ってきた経験を感じます。その後、セットの合間で栄養補給して回復できたんですか?
喜島:そうですね。補給して少し回復できて、終盤また集中しきれる場面が増えたと思います。でもそれは、大坪さんが後半疲れ始めてきて僕の撞き番がちょっと増えてきたことも関係していると思います。それも含めて僕の方が展開が良かったかなと。周り(SPAの仲間など)にも結構言われましたね。後球(※喜島選手がミスした後の形)がかなりしんどい球ばかりだったので(苦笑)。
――たしかにそれはあったかもしれませんが、逆の場面も見ています。
喜島:試合後大坪さんと軽く喋った時に「それはもうお互い様だよね。僕もそうだから」とはおっしゃってました。でも、僕の方が展開に恵まれてたと思います。
――セットカウント2-3とリードされて、第6セットから3連取で上がりました(5-3で勝利)。「終盤はこう戦おう」というテーマはありましたか?
喜島:いや、特になかったです。むしろ「ここから頑張ろう」とかそういう感情を持たないように、気持ちの波を上下させないようにということを意識してました。本当に目の前の球だけに集中するようにして、一喜一憂はしないように。
――気持ちの波を上下させない方が、長い目で見ると良い結果に繋がりやすいという経験則がある?
喜島:かもしれないです。感情が出た方が爆発的にすごい状態になれることもあると思いますけど、常に冷静でいる方がアベレージは出やすいと思っています。あとは悪い時にどれだけ底上げできるかということも考えてました。
――防衛を決めた第8セットの第4ラック目は長いラックになりました。上がりの緊張もあったのでしょうか。
喜島:そうですね。特に上がりが見えた時(260-155の時)の11番センターショットを外してしまったのはだいぶ……。心の準備ができてなかったです。あれは大坪さんが11番をカットで入れたけど、手球がサイドポケットの角に当たって逆サイドにスクラッチして回って来たんですよね。思いもしない形で回って来たこともあって心臓バクバクでした(苦笑)。センターショットをミスして「やっぱり緊張してるな」って自分でも思いましたけど、「次に回って来た時のために気持ちの準備はしておこう」と座りながら考えてました。
――最後は相手の12番ミスから3球を取り切って上がりました。
喜島:もうほんと入れ繋いだって感じでした。12番から13-15コンビに対しては、もうちょっと厚く手球を出したかったんですけど、思ったよりも転がらず薄くなってしまって。コンビの後球も、13番がもっと転がって来るかなと思ってたんですけどギリギリでしたね。コンビを撞く時に身体が動いてしまったからかもしれないです。
――これで大坪選手とは名人位決定戦で3回、球聖位決定戦で2回、合わせて5回ロングマッチを戦っています。おそらくこの10~15年ぐらいでは日本で最も長時間、大坪選手と試合を撞いているのが喜島選手だと思います。
喜島:贅沢ですよね、あれだけの方とこんなに撞けるのは。前から思ってますけど、体調などに全く不安のない状態で戦ったら大坪さんが日本一だと思います。第1セットは魅せられましたね。「これが続いたら無理だな。今日はヤバいかな」と思ってました。
――たしかにあの第1セットの大坪選手のプレーは鮮やかでした。
喜島:100点オーバーのラン2回ですぐ終わっちゃいました。僕は3回ぐらいしか出番がなかったのかな。もうどっちのホームグラウンドかわからないぐらい(笑)。もし終始あんな感じで撞かれてたら、0-5で負けていてもおかしくなかったです。でも、それで負けたらもちろん辛いんでしょうけど、間近で見ていてかっこいいですし、対戦相手なのにずっと見ていたい……「こんなふうに撞きたいな」って、もうファンみたいな感じになってしまいます。
――特に大坪選手のどういうところに目が行きますか?
喜島:上手いし球がきれいです。例えば、コンビとかがあって組み立てが難しい配置でも、正確にフリを合わせて来るし、フリーボールで置くような近くて撞きやすい所に手球をしっかり出してくる。あとはクッションからのシュートも正確です。僕は空コではだいたいまず先にアンドセーフを考えて、一応入れをコールしておくということが多いですけど、大坪さんの場合はちゃんと入れに行ってる感がありますし、実際精度が高いです。
――反対に喜島選手が良かったと思う場面はありましたか。
喜島:う~ん、あんまりないです(笑)。去年と同じような感想になりますけど、内容的には大坪さんの方が全然上。でも、戦略というか「セットを失いにくい選択」は意識して撞いてました。
――と言いますと?
喜島:自分が300点を取るというよりは、相手に300点を取らせない戦い方って言うんですかね。例えば、故意ファウルをした回数は僕の方が多かったと思います。そして、展開的には第2、第3セットを僕が連取したことで競り合いに持ち込めたというか、試合が長引いた分、体力勝負に持ち込めたというところもあるかもしれません。あとは……ほんとに僕の方が後球がクサかったです(苦笑)。
――今回の防衛で名人位在位が通算7期となりました。これは藤間一男さん(第1期~第7期)と並んで最多タイです。「名人」と呼ばれることにも慣れたかと思いますが、どういうお気持ちですか。
喜島:最多タイになってたんですか。あともう1回ぐらいかなと思ってました。回数や記録は意識してないですし、特に感想もないです。でも、いまだに「名人」って言われるとくすぐったかったりします。自分自身に対してあまりそういうイメージを持ってないので。
――ローテーションという種目はお好きですよね。
喜島:そうですね。駆け引きも多いんで。それを嫌がるプレイヤーもいると思うんですけど、僕はどっちかって言うと好きな方です。
――と言っても、ローテーションの練習をするのは『名人位決定戦』の前や『都道府県対抗』の前など限られた期間だけでしょうか?
喜島:いや、僕はそんなことないですね。普段の一人撞きの時もボールを15個使ってローテーションっぽい感じで撞いたりしてます。それに『都道府県対抗』では常に上位に残りたいと思っているので、SPAのメンバーと相撞きをする時はローテーションを撞くこともよくあります。今年僕は『アマローテ』には出ないんですけど、アマローテに出るSPAメンバーのお相手をしたりもします。そう考えると、割と頻繁にローテーションを撞いてる方かもしれないですね。
――毎年夏が来たあたりから「名人戦の準備を」と考え始めるんですか?
喜島:いつもC級戦(7月上旬)ぐらいからドキドキし始めてます。そして、A級戦(8月中旬)のメンバーが決まると「ちゃんと撞き込まなきゃな」と。ただ、A級戦の選手リスト(16名)に大坪さんの名前があったら、「今年も大坪さんかな」とは思ってます。
――わかりました。最後に応援してくれている方々にメッセージを。
喜島:今回も『セスパ東大宮』と『5&9』のお客さん、SPAの皆さん、遠くは愛知など他県から応援に来られた方々、そして大会運営の方々に感謝しています。また今回は、レイリーさん(書道家/パチンコパチスロライター)に素晴らしい横断幕を書いていただき、力を感じました。ありがとうございました。これからもできるだけ長くプレーできるように健康にも気を配って頑張っていきたいと思います。今後とも応援よろしくお願いします。
(了)
喜島安広 Yasuhiro Kijima
1983年1月7日生 埼玉県出身・在住
所属:『セスパ東大宮店』、『5&9』(ともに埼玉)、SPA
プレーキュー:ミステリーブラック(シャフトはノーマル、タップは締めたブルーナイト)
ビリヤード歴:約26年
現在ある「アマ個人全国タイトル」6つ全てを獲得↓
『第55期、第58期~第63期名人位』
『第19期~第22期、第26期、第27期球聖位』
『プレ国体』(全国アマチュアビリヤード都道府県選手権大会)
『アマローテ』(全日本アマチュアポケットビリヤード選手権大会)
『アマナイン』(全日本アマチュアナインボール選手権大会)
『マスターズ』優勝5回
また、2016年、2017年、2022年『都道府県対抗』の優勝メンバー(埼玉県。SPA)
他様々なアマタイトルを獲得
金額は空白欄に適当に(15円から)書きこんで下さい(あらかじめ入っている金額はAmazonの設定なので気になさらないでください)。受取人は 「 billiardsdays@gmail.com 」です。よろしくお願いいたします。