2年ほど前から、
「元・名人」のトップアマ、
持永隼史を撮影していて、
「おやっ」と思っていた。
シャフトに油性ペンで書いたような
「目盛」(めもり)が付けられているのだ。
遠くからでもはっきり確認できるほどに。
そして、その目盛の間隔や幅は、
2年の間にも何度か変更がなされている。
一体、この目盛には
どういう意味があるのか?
持永隼史が関東のビッグマッチ
『第35回ナインボールクラシック・
10ボールチャンピオンシップ』で優勝した
2015年4月、直接聞いてみた。
写真・取材・文/BD
…………
Junji Mochinaga
1983年2月6日生
長崎県出身・東京都在住
2006年『スポレクA級』優勝
2007年~2010年『第47~50期名人戦』名人位
2010年~2012年『第11~13回マスターズ』優勝
2012年・2014年『グランプリイースト』年間ベストアマ
2013年『長崎プレ国体』優勝
他、優勝・入賞多数
使用キューはMUSASHI(ADAM JAPAN)
――まず、ナインボールクラシック優勝の感想をお願いします。
「大きな試合で初めて優勝した時みたいな気分ですね。何年ぶりかでチャレンジャーの気持ちになれました。久しぶりの感覚で、嬉しいです。
自分の状態は良くはなかったです。ストロークや身体のコントロールができてない状態で、試合中もふわふわしていて集中できないままだったんですけど、徐々に気持ちが高まってきて、『頑張って勝てた』という感じでした。
途中で、『カッコ悪くても良いから勝ちたい』と思ったんです。忘れかけていた気持ちを思い出せた気がします。それが一番大事なんですけどね」
――わかりました。では、本題のシャフトのことを。これは「目盛」(めもり)と言えば良いんですか? そして、いつからやっているんですか?
「はい、『ライン』とか『目盛』とか。どう呼んでもらっても大丈夫です。2年半ぐらい前からやっています」
――なんのためにでしょうか?
「元々は自分一人でストロークをチェックし、改善に役立てるためでした。
当時はまだ派手には塗っていなかったし、周囲にも内緒でやってました。もちろん試合では使わなかった。カッコ悪いって思ってましたしね(笑)。
でも、お店(東京『ミスタースポーツマン』)でお客さんに教えている時、話の流れで濃く塗ることにしてみたんです。そうしたら、教えやすいし、自分でもストロークチェックがしやすいし、『これはいいな』と。
恥ずかしかったけど、そのまま試合に出てみたら、試合中にも様々な発見があったんですよ。
シャフトに目盛を付けていることで、
"構えてる時の映像"
"キューを振ってる時の残像"
"振り終わった時の映像"
……が、頭に残りやすくなり、それによって色々なことが検証しやすくなったんです」
――具体的には何でしょうか?
「まずは『方向性』です。『キューが真っ直ぐ触れているか』。
僕は左右の視力差が激しいこともあって、構えて前を向いていても遠くが見づらいし、正しく真っ直ぐを向けているかどうか自信が持てなかったんです。視界が傾いていないとも限らないですし。
緊張した時はなおさらそうです。そんな時、素振りをして、シャフトの目盛の残像を見れば、『真っ直ぐ触れてるかどうか』『振ってる向きが合ってるかどうか』がわかりやすいと気付いたんです。
実際にこれのおかげで、真っ直ぐじゃないものを真っ直ぐだと錯覚していたことに撞く前に気付けたということがあります。つまり、僕にとっては『キュー方向を強制的に真っ直ぐに向けやすいツール』です」
――そういうことでしたか。
「よく、緊張した時は、『一ヶ所を見ていたら集中しやすい』とも言いますよね。
僕の場合はそれが、構えて素振りをしている時のシャフトの目盛の残像なんです。これを見ながら、心を落ち着かせています。だから僕は、素振りの時は下を見ています」
――他にも役立つことがあるんでしょうか?
「はい、やっぱり、『距離感の確認』には直接的に役立ちますね。
例えば、
"手球とブリッジの間の距離(いわゆる「レストの距離」)"
"テイクバックでどのぐらい引いてるか"
"フォロースルーでどのぐらい出しているか"
……ということが、鏡を使ったり、人に見てもらったりすることなく、自分で構えて振るだけで確認できます。ゲームをプレーしながらでもチェックできます。
例えば、緊張してくると、構えている時にだんだん手球とキュー先の間が開いていったり、レストの距離が長くなってきたり……ということになりがちですが、普段の自分の距離感を掴んでおけば、それが防止できます。それだけでも不安が減ります」
――その目盛の活用法はすぐにイメージしやすいです。
「例えばこれでバンキングを練習すると、一つ自分の中で『振り幅の基準』ができますよね。
もちろん、同じ振り幅にできたからといって必ずしも毎回同じ結果になるとは言えません。『呼吸』も同じにしなくちゃダメだし、テーブルコンディションにも左右されます。
でも、距離感を合わせることが徹底できれば――これだけ引いてこれだけ出せば、だいたいこうなるとわかっていれば――バラつきは減るので、パニックになりづらいと思います」
――具体的に、この『目盛』があることで成功率が高まったショットとは?
「弱く撞くショットですね。以前、僕は弱いショットの方向感覚に不安を覚えていたんですが、それを矯正するのに役立ちましたし、目盛りがあることで、『小さく引く』というのがやりやすいです。僕は緊張するとつい大きく引きがちだったので」
――「ストローク」「方向性」「距離感」……目盛の効果がだいたい理解できました。同じようなことを、今まで多くの人に聞かれてきたのでは?
「はい。300回以上は聞かれたと思います。1回の試合で70~80人に聞かれたこともあります。
お店のお客さんの中には、真似してくださってる人もいるんですが、それ以外にも、全くお会いしたことがない人が、『私もやってます』と言ってくださったこともありました。
また、聞かれたその場で僕のキューを渡して試してもらうこともよくあります。
『目盛の軌跡だけ見て素振りしてください』と言うのですが、球が入らなくなる人、『気持ち悪くなってきた』と言う人、自分のコジリ癖に気付く人……など、様々です。
僕の経験上、スロトークを教える時にも便利なツールだと思います。自分のストロークの癖に気付きやすく、真っ直ぐに矯正しやすいので」
――あの目盛は、黒マジックで塗ってるんですか?
「はい、黒の油性ペンです。使ってる内に色が薄くなってくるんで、塗り直したりしています。
僕は同じシャフトを3本ローテーションで使っているんですが、その3本全てに目盛を入れてます。ただ、1本だけ目盛の間隔が違います。それは以前の間隔で塗っていたもので……」
――ああ、間隔を変えたりしてるんですね。そういえば、最近のものは以前より目盛が多いですよね?
「そうです。目盛の数や間隔や塗り幅を変えてるんです。今の方が間隔が細かくて数が多いです。今のは『最も弱い力加減のショット』を基準にした設定と言って良いですね。元々は『新ラシャで撞くセンターショット基準』だったんですけどね」
――色々と教えてくださってありがとうございました。安定感あるプレーの秘密が少しわかった気がします。
「僕は『外から見てる雰囲気で撞きたい』というか……、『横にいるもう一人の自分が、撞いている自分に指示を出しているような感じ』でプレーするのが、一番力を出しやすいんじゃないかと思ってます。
自分は決して技術が秀でている訳ではありませんが、そうやって自分を客観視して、持ち味がちゃんと出せれば、少ない技術でも戦えるんじゃないかと考えています。空回りさえしなければ勝ちやすくなるというか。
僕にとってこのシャフトの目盛は、そんな『自己客観視をしやすくするツール』だと思います」