「メガネプロ」は、
デビュー時、メガネではなかった。
プロ1年目(2004年)、
極度のドライアイでコンタクトレンズが
使えなくなった野内麻聖美は、
他にどうすることもできず、
ビリヤード用のメガネを作り、
「メガネプロ」となった。
プロ2年目(2005年)、
より良いビリヤードメガネを求めて
飛び込んだ所が
『サングラスミュージアム』だった。
幸運なことに、
代表の細木保俊氏は、知る人ぞ知る
「目とメガネのスペシャリスト」で、
他のメガネ店では
メガネが作れず悩める人々の
「駆け込み寺」としての顔もあった。
そして、野内プロは細木氏の作るメガネで
結果を出して行く。
果たして、2人の間にどんなやり取りがあり、
どんなテーマでメガネ作りをしてきたのか。
野内プロ・細木氏に、
対談形式で振り返っていただいたところ、
ビリヤードメガネに求められる要素が
いくつも浮き彫りになってきた。
取材・文・写真/BD
取材協力/サングラスミュージアム
…………
野内麻聖美
2004年にプロ入り(JPBA38期生)。
「ビリヤード専用メガネ」をかけて
トーナメント活動を続ける「メガネプロ」。
2005年から『サングラスミュージアム』の
サポート(現在はスポンサード)を受けており、
プロ入り以降に挙げた4勝は全て
同社で作ったメガネをかけてのもの。
直近の優勝は2015年『九州レディースオープン』
1977年11月12日生・東京都出身
使用キューはADAM JAPAN
細木保俊
埼玉県草加市の『サングラスミュージアム』代表。
検眼・メガネ加工・レンズ・眼科の専門知識を生かし、
業界初のスポーツサングラス専門店として
「サングラスミュージアム」を設立
(同店ではメガネも取り扱っている)。
メガネのスペシャリストとして、
メガネ店やメーカー向けのセミナー活動や
メディアへの出演も行っており、
今年『細木式検眼法』がTVで採り上げられ
ますます多忙な日々を送る
――野内プロとサングラスミュージアムさんのお付き合いは何年になりますか?
野内麻聖美 かれこれ11年でしょうか。
細木保俊 (手元のカルテを見て)初来店が2005年の10月10日……あ、サングラスミュージアムの会社創立記念日ですよ(笑)。
野 やっぱりご縁がありますね(笑)。
――作ったメガネの数は?
野 普段使いのメガネも合わせると……、
細 12本ですね。
――知り合った経緯を教えてください。
野 私はもともとコンタクトレンズでプレーしていましたが、ドライアイがひどくてドクターストップがかかってしまいました。それがプロ1年目の終わり頃(2004年)。「これはメガネを作るしかない」ということで、眼科から紹介されたメガネ屋さんに相談したところ、提案されたのが、いわゆる「カレン・コーメガネ」(※カレン・コーはアイルランド出身の女子トップ選手。ボールがフレームアウトしない大きなレンズがトレードマーク)。
――定番の一つですね。
野 「やっぱりかぁ」と(笑)。でも、他に選択肢もない。だから、それを作ってもらってプロ2年目(2005年)は使ってました。でも、「見栄えがな~」という思いは常にあったので、少ししてから本腰を入れて探し始めたんです。何日もネット検索をしていたら、サングラスミュージアムさんがヒットして。車で行けば家から近いし、まずは相談しようと。それがプロ2年目、2005年の10月でした。
――当時、こちらにはビリヤードメガネの実績はなかった。どんなワードでヒットしたんでしょうか。
野 なんだったかなぁ(笑)。最初は「ビリヤード メガネ」で、そこから色々と言葉を替えて……。
細 「スポーツサングラスの湾曲したレンズに度入れができる」とか「どんなメガネでもお困りの方、ご相談ください」ということを謳っているので、その辺りだったのかもしれないですね。
野 そうですね。「スポーツメガネの実績がある所なんだな」と思ったので。それで、ダメ元で訪ねたんです。
――細木さんは、野内さんが初めて来た時のことは覚えていますか?
細 よく覚えてます。ただ、驚きはしなかった。うちはスポーツ選手や一般の方に関わらず、よそのメガネ屋さんで解決できなかった目とメガネの問題を抱えた方がたくさんお見えになりますので。もちろん、初めてのビリヤードメガネの相談だったので慣れないこともありましたが、野内さんが困っていることを全部お聞きして、一つずつ解決していくことにしました。
――ビリヤードの独特なフォームには驚かれたのでは?
細 ええ、「こんな姿勢でボールを見るんだ」と。ボールがメガネの上からフレームアウトしないようなフレーム選びがまず大事。上から見た時にフレームがカーブしていて、目に近い位置でかけるものを候補に考えました。また、顔を傾けて行ってレンズに角度が付くと、見え方と度数は変わってきてしまう。つまり、普段使っているメガネと同じ度数では作れないんです。角度が変わることを想定した度数設定が必要になります。
――そうして、第1号ができたと。
野 機能面では問題なかったんですが、使いづらくて短命に終わりました(笑)。レンズが目に近すぎて、まばたきする度にまつげが当たっちゃったんです。でも、そういうのも作ってみなければわからないこと。それで、またやりとりを重ねて使うことにしたフレームが、アディダスの緑のスポーツタイプ。かけてすぐ、「これ、いけます!」と。プロ4年目(2007年)に実戦投入して、翌年6月にプロ初優勝を飾りました。
――懐かしい。ビリヤード界が驚いた緑のスポーツメガネ。
野 みんなから「どどど、どうしたの!?」って(笑)。あのアディダスのに限らず、周りからよく聞かれます。海外選手にも「どこで買ったの? ビリヤード用? 特注?」って。
――野内プロがメガネに求める条件は「ボールがちゃんと見えて、使い勝手がよくて、人に見られても恥ずかしくないデザイン」?
野 それが初期の最低条件でしょうか。それプラス、徐々に「軽さ」を求めていき、さらには「脱・スポーツタイプ」を求めていくようになったので。
――あのアディダスは重かった?
野 はい。当時は比較するものもなく、掛け心地も快適だったから、全然重いと思ってなかったですけど。プロ10年目(2013年)に作っていただいた次のメガネのテーマは「もう少し軽く」。またスポーツタイプのメガネで作っていただいて優勝しました。メガネを新しく作ったら勝つ説(笑)。
――メーカーやブランドにこだわりは?
野 全然こだわってなくて、とにかく見やすいのが一番ですね。
細 それが助かります。「ここのでなくちゃイヤ」と言われちゃうと、選択肢が少なくなるので無理があったと思います。うちはスポーツサングラスで人気の「オークリー」の正規代理店でもありますが、まずはブランドどうこうよりも、野内さんの顔に乗った時の使いやすさを基準に決めていきたいから。
――スポーツタイプかどうかは?
野 だんだんと普通のメガネのようなデザインを好むようになり、近年はスポーツタイプより普通タイプで作っていただいています。その方が軽いというのが大きな理由です。
細 そこは私の勘違いもあったんです。うちに来るアスリートの大半はスポーツタイプを希望しますので、野内さんが初めていらした時もそうだろうと思い込んでました。でも、数本作っていく内に「フレームのカーブが強めなら、普通のデザインのものでも作れそうだ」と思ったんです。
野 スポーツタイプで試合に出ると、「かっこいい!」と言ってくださる方もいますが、「プロがするから良いけど、自分がするのは恥ずかしい」と思う方が多いこともわかりました。それに、一般の方は、付け替えずに1本で日常生活とビリヤードの両方ができる、そんなメガネがあれば喜ぶのかなと。ということで、最近の私は「普通タイプでもビリヤードできるんですよ」というアピール期間中です(笑)。
細 さすがにフレームが全く湾曲していない本当の普通のメガネだとビリヤードをするのは厳しいので、多少カーブが付いてるものの中から選んでいただければ。うちではフレームを選んだら、実際にかけて構えてもらいます。
野 そのために、店内にはビリヤードテーブルと同じ高さの台と本物のビリヤードボールがあります。私はプロなので、”エア構え”でもわかります。「このフレームなら遠い球でも問題ないな」って。でも、一般の方は、「メガネをかけて構えてください」と言われると、なんとなく近めの見やすい所に顔を合わせて「大丈夫です」と言ってしまいがち。それでは不十分です。ボールを実際に置いてちゃんと構えてみないと。
細 そこは野内さんから教わりました。やっぱりプロだなと(笑)。
――細木さんは、野内プロが一番最初に持って来た、大きなレンズのメガネをそれまでに見たことはありましたか?
細 初めてでした。野内さんが「これなんです」って出した時に「ええっ」と驚きました。これだけ縦に大きいものは見たことがなくて。でも、ビリヤードの世界ではそんなに特殊じゃないんだなと後々わかってきました。……ああ、パイロットの方が全く同じ形状のメガネを持って来たことがあります。
――そうなんですか。
細 大手航空会社でジャンボを操縦するようなキャプテンです。操縦室の中は上下左右に計器類があるし、もちろん前方も見なければいけない。また、雲の上に行くとすごく眩しいので上半分に色を付けてました。使い勝手も良くてちゃんと見えているけど、「かっこわるくて、CAたちにもからかわれるんで、作り直したい」と。その時は野内さんのケースも参考にしながら対応しました。
野 お役に立てて嬉しいです(笑)。
――ビリヤード用のメガネを求めてこちらに来られる方は実際に多いですか?
細 ありがたいことにたくさんいらっしゃいます。今は最初に「スポーツタイプのフレームでお求めですか、それとも普通のメガネのように見えるデザインでお探しですか?」とお聞きしますが、ご希望は半々ですね。
――普通タイプをお求めの方も結構いるのですね。
細 そうです。「でも、普通のメガネタイプじゃ、ビリヤードはできないですよね?」と聞かれることもよくあるので、フレームがカーブしているメガネを例に、「大丈夫ですよ。ここがこうで……」とご説明します。もちろん、スポーツタイプをお求めになり、普段用のメガネと使い分けてる方もいます。ビリヤード場に入ったらメガネを変えて「さあ、やるぞ」とモードを切り替えておられるのでしょう。
――最後に、野内プロが今秋から使っている新ビリヤードメガネについてご説明いただけますか。
野 普通のメガネのようなデザインで、軽いフレームです(※上の画像)。実は今回、全く同じフレームで2本作っていただきました。1本がプリズム入りレンズ、もう1本がプリズムなしのレンズ。
細 プリズム入りの方を追加で作りました。そもそも普段使いのメガネに今回初めてプリズムレンズを入れたんです。
野 試しにそれで球を撞いてみたら、厚みがすごくわかりやすくなって、今まで外れていた球もよく入るようになった。従来のレンズとは見え方が違って慣れない部分もあるんですが、ビリヤードメガネにもプリズム入りレンズを使ってみたくて細木さんにお願いしたんです。
――プリズムが入っていると何が変わるのでしょうか?
野 簡単に言うとより立体的に見え、空間認識能力が上がるということのようです。
細 野内さんの目のクセに合わせて、物が楽に見えるように手を加えてあります。専門的な話をすると、野内さんは日本人に多い「隠れ斜視」で、しかもその度合いが結構強い。でも、それを打ち消す力も非常に強くて、補正して物を見ている状態でした。それは初めてうちに来た時からわかっていたんですが、プロビリヤード選手はものすごい経験と集中力で、ボールの狙い方や入れ方を感覚的に作り上げて来ていますよね。そこに悪影響を及ぼす可能性もあったので、プリズム入りのレンズは使ってきませんでした。
でも、隠れ斜視とそれを打ち消す力の関係は加齢と共に変わってきます。こないだ検査をした時に、そろそろ野内さんはプリズムを入れた方が日常生活が楽になるし、目がリラックスできて健康も維持できると思ったので、まず普段用のメガネのレンズにプリズムを入れたんです。
野 「プリズムを入れると見え方が違って初めは酔うかもしれない。慣れるのに1ヶ月はかかるだろう」と言われたんですが、普段用メガネはまさかの2日で慣れました(笑)。さすがにビリヤード用メガネの方はしばらく使ってみないと本当にプリズム入りで大丈夫かどうかの判断はできません。
ただ、細木さんじゃなければ、私の目のクセとその変化に気付いてもらえてなかったでしょうし、プリズム入りのメガネを試す機会もなかったと思いますので、とても貴重な経験をさせていただいていると思っています。
細 単純に良い悪いで言えば、プリズムを入れた方が良いのはわかっていました。しかし、これまで培ってきたプロの感覚と異なる部分も少なからず出てくると思います。この先もずっとプリズム入りレンズでプレーするかどうかは野内さん次第です。
――まさにビリヤードメガネ探求の旅に終わりなし、ですね。
野 今までのビリヤードメガネも、出来た時には「これ以上のものは当分ないだろう」って思ってました。でも、それを更新するようなメガネが出来て、「あれっ、これは!!」「これ以上はないだろう」「あれっ!?」の繰り返し(笑)。
細 プロとしての野内さんの感覚と感性から、私自身、目のスペシャリストとして学ばせてもらっていることも多いですから。そして、人の身体は変わっていくものなので、それに合わせて良いメガネも変わっていきます。
野 今回もプリズム入りレンズという大きなテーマができましたので、また試して、意見交換をさせていただいて、研究して……の繰り返しになっていくんじゃないかと思っています。どうぞこれからも末永くよろしくお願いします(笑)。
細 こちらこそよろしくお願いします。